「マンガの料理を再現する」という趣味を持ち始めてから8年、私の台所は一変しました。
少ないモノで暮らす生活にあこがれていたはずなのに、かつお節削り器、パスタマシン、カクテルシェーカー、仕出し用の重箱……。今や戸棚の中は、普段ほとんど使わない道具がひしめく“リトルかっぱ橋”状態です。
そんな私が、今回「それどこ」で始める連載のテーマは「キッチンツール」。
マンガに登場する調理道具にスポットをあて、それを使いこなしながら料理を再現するというものです。台所の魔窟(まくつ)化がさらに進む予感がしつつ、未知なる道具との出会いが楽しみであります。
今回再現するのは、山メシマンガ「山と食欲と私」
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
登山ブームと連動し「山メシ」がひそかに盛り上がっていることは知っていたけれど、超インドアの自分には永遠に縁のない世界だと思っていました。このマンガを読むまでは。
Webマンガサイト「くらげバンチ」で連載中の「山と食欲と私」。普段は会社員として働く主人公・日々野鮎美(27歳)は、「単独登山女子」を自称し、週末になるとひとりで山に出かけ、ひとりで調理をして「山メシ」を食べます。
登って、食べて、下りる。ただそれだけのストーリーなのですが、見慣れないアウトドアグッズ、山という限られた環境下でアイデアを駆使する調理シーン、そして自然の中でおいしそうに食べる描写に引き込まれます。あと、主人公の鮎美ちゃんがとにかくかわいいです。食マンガのヒロインらしからぬコミュ障ぶりやこじらせた性格に、親近感が湧きます。
この作品の中から、今回再現するのは、11話に登場する「炊きたてご飯のオイルサーディン丼」!
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
主役となる道具は、スウェーデン・トランギア社の飯ごう「メスティン」です。
メスティンに漂う「山のル・クルーゼ」感
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
飯ごうといえば、日本ではこういう(↓)形のものがおなじみですが(ちなみにこれも、以前再現用に購入したもの)、「世界最小の飯ごう」と言われているメスティンは、まるで弁当箱のよう。携帯性と熱伝導に優れており、ご飯がおいしく炊けるそうです。
アウトドアに詳しくない自分はまったく知らなかったのだけど、山メシ愛好家の間では、流行を経て今や定番のアイテムとのこと。作中でも、鮎美ちゃんが登山先でメスティンをいそいそと取り出すも、隣の山ガールとモロかぶりしてしまうシーンが描かれています。
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
目新しいデザインと機能性、北欧生まれという「なんかオシャレ」なイメージから、数年前にフランス生まれの鍋「ル・クルーゼ」や「ストウブ」が日本のキッチンを席巻したときのことを思い出します。メスティンは「山のル・クルーゼ」、と言ってしまっていいのかもしれない。そういえば、ル・クルーゼでご飯を炊くのも流行りましたよね。
と、下調べをしたところで「それどこ」編集部さんから今回のミッションセットが届きました。
こちらがメスティン。アルミ製で、思っていたよりも軽いです。取り外しできる取っ手の作りも簡素で、この「そっけなさ」が逆にそそります。
購入したばかりの状態はフチの処理が甘く、バリ(加工の際などに発生する突起)でギザギザしているため、まず紙やすりで「バリ取り」をします。手で触ってみたところ、確かにフチが引っ掛かるような感触。ケガをしないよう、紙やすりで数回しごいておきました。
こちらは、スノーピークのシングルバーナー「ギガパワー ストーブ地」。作中に何度も出てきたアイテムなので、思わずひとりで「おおお」と盛り上がりました。五徳にあたる部分は取り外しできるようになっています。
どうせならマンガと同じ場所(=山)で炊きたい
道具を触っているうちに「どうせなら屋外で炊きたい」という気持ちがむくむくと湧いてきました。さらに欲を出すなら、鮎美ちゃんが実際に登った山に登りたい。
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
作中には「海辺の低い山」「富士山と江の島が一緒に見える」という立地の描写がありますが、どこかは分からなかったため、思い切って「それどこ」編集部さん経由で「くらげバンチ」編集部さんに尋ねたところ、モデルの山が判明しました。
その場所とは、神奈川・葉山の「仙元山」。三浦アルプスの一部で、標高118メートル。……思っていたよりも、低い、低いぞ。
私のまともな登山経験は小学校の遠足で登った近所の山が最後ですが、それが300メートルくらいだったから、余裕じゃないだろうか。低山でもナメてはいけないということで、一応ザックと雨具は用意しましたが、この時の私は正直ナメくさっていました。
とはいえ、登山前日は4話に登場する「カーボローディング弁当」を再現し、体調を整えました。
カーボローディングとは、運動に必要なエネルギー(グリコーゲン)を一時的に筋肉にため込むため、摂取する栄養をコントロールすること。鮎美ちゃんは週末の登山に備えて、金曜日のランチに炭水化物を多く摂取するのが恒例になっているそうで、ナポリタンスパゲティ、たまごサンドイッチ、おにぎりというわんぱくメニューを食べていました。
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
糖質制限ダイエットをしている人が見たら激怒しそうなメニューです。そもそも標高118メートルにこの大量エネルギーは必要なのか疑問ですが、こっちは生粋のもやしっ子なので、万全を期します。
いざエピソードの舞台、仙元山へ
決行日当日は晴天。仙元山へはJR逗子駅から山手回りのバスに乗り、「風早橋」で下車します。
バスを降りたら、ハイキングコースの入り口がある葉山教会へ。目指すは「仙元山山頂」です。
さっそく想定外だったのが、葉山教会までの心臓破りの急坂。ちょっと油断すると後ろに転げ落ちそうな角度で、脚にかつてない地球のG(重力)を感じます。教会までの道のりがこのハードさ、超試されてる……。
この時点で引き返したくなりながら、3話で鮎美ちゃんが急坂を「ジグちょこ歩き」で突破するシーンを思い出し、さっそく試してみたりしてなんとか登り切りました。ほい。ほいっ。
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
ハイキングコースの入り口は、教会の横道にありました。さあ登るぞ!
…………………標高118メートルというスペックだけ見て完全にナメていましたが、初夏の山は初心者には地獄でした。
山道の雑草は伸び放題で獣道化しているし、梅雨の合間なのでぬかるみも目立ちます。ここ数年かいたことのない大汗をかき、息切れをしながらただただ無心に登ります。
30分ほどかけてなんとか登り切ると、山頂で待っていたのは、マンガと同じご褒美ビュー! わー、これは気持ちいい。
季節的に富士山までは見渡せませんが、江の島ははっきりと見えます。
そして、マンガの中で鮎美ちゃんが座っていたのは、おそらくこの写真手前の席。
しかし到着時は先客の女子2人組がこの席で何やら語りあっており、隣でひとり飯を炊く女がいては気が散るだろうと配慮し、さらに奥に進んだ場所にあるベンチに陣取ることに。
いよいよ、メスティンでご飯を炊いてみる
一息ついたら、さっそく道具と材料を出して調理開始です。今回の材料は以下の通り。
- 生米(1合分)
- オイルサーディン缶
- レタス(保冷剤と一緒に持参)
- しょうゆ
- 水
まずはメスティンに生米を入れ、水を容器内側の“ポチポチ”の半分くらいまで注ぎます。
「♪はじめチョロチョロ 中パッパ」のアレンジ版として鮎美ちゃんが編み出した「メスティン炊きの歌」にあわせて、火にかけます。
♪はじめマックス
(バーナーを最大火力に。メスティンの上にはオイルサーディン缶を乗せ、温めておく)
♪ププッと吹いたらグッとこらえて15分
(吹きこぼれたら超弱火にして15分)
♪まもなくチリチリおどろいて
(メスティンから「チリチリ」と音がしたら、火を止める)
♪火から飛び降り10分ムラムラ
(火からおろし、タオルでくるんで10分蒸らす)
蒸している間は景色をゆっくり眺めたり、風や鳥の音に耳をすましたり、贅沢な時間が過ぎていきます。
そして10分後。いざ、フタを開けます。
炊けてるー! ちゃんと、おいしいご飯が炊けたときにできるらしい「カニの穴」的なものも!
まずはご飯だけ味見してみました。芯は残っていないし、粘りはあるし、なかなかいい炊き加減。とぎ洗いしていない生米からの炊飯なので、ぬかの匂いが心配でしたが意外に大丈夫でした。気になる人は無洗米で炊く方がいいかも。
(炊けたご飯の1/3はラップにくるんで、下山用のおにぎりにしました)
「炊きたてご飯のオイルサーディン丼」を作る
ここから、炊けたご飯にひと手間。
ちぎったレタスをご飯の上にのせて、温めておいたオイルサーディン缶を開け、
そのままご飯の上に乗っけます。
しょうゆを回しかけて、よく混ぜると……
「炊き立てご飯のオイルサーディン丼」完成! さっそく、食べてみます。
イワシのオイルがご飯にいい感じになじんで、こってり混ぜご飯風に。レタスのシャキシャキした食感が口直しになって、絶妙なバランスの山メシ丼でした。
(C)信濃川日出雄 2016/新潮社
鮎美ちゃんのように、取っ手をこうやって持ちながら食べました。メスティンならではの楽しいスタイル。うまかぁ。
ごちそうさまでした。外で作って食べると、食欲が1.5倍くらい増幅されるような気がします。
カンカン照りのなか、ひとり山頂で飯を炊く女はかなり不審度が高いはずですが、すれ違う登山客の方々が「こんにちはー」と声をかけてくださり、これが登山マナーとして知られるあれかー、と心が洗われました(何人かは目が警戒モードだった気もしますが……)。
無事再現できたので、片付けをして下山……と思ったのですが、エネルギー源も入れたことだし、勢いで三浦アルプスの縦走コースへ進みました。なぜなら下調べしている際、下山口の近くにプリンが有名なお店「マーロウ」があるとわかったからです。作中で鮎美ちゃんも言っていたけれど、「大人はご褒美がないと頑張れない」生き物なんです。
途中、コース一番の難所とされる250段の階段が待ち受けていたり、ぬかるみで盛大にコケたりと色々ありつつも、鬱蒼(うっそう)とした山中を進むうちに、静かにアドレナリンが湧いてくるのがわかりました。まさか自分の人生で山に登って「気持ちいい」と思うことがあるなんて、考えてもみませんでした。
思い返せば、これまでの登山はみんなのペースにあわせて歩き、みんなにあわせて休憩するというものでした。自分のペースで進む山行が、こんなに自由で楽しいものなんて知らなかった。山メシのおいしさだけでなく、鮎美ちゃんのポリシーである「単独登山」の魅力にも気づいた一日となりました。
インドアな自分には考えられない感想ですが、まずはトレッキングシューズでも買ってみようかなと思います。
「炊きたてご飯のオイルサーディン丼」の再現を動画でも
今回再現した「炊きたてご飯のオイルサーディン丼」の調理手順は、動画でも公開しています。「作ってみたい!」という方は、ぜひ参考にしてみてください。
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