「パク塩」をご存知ですか?
その名の通り、パクチーと塩を混ぜたものです。より正確に言うと、乾燥パクチーを粉末にして、それをいい配合で塩と一緒にしたものです。
パクチー料理専門店「パクチーハウス東京」代表、佐谷恭です。2007年に世界初のパクチー料理専門店を東京・経堂にオープンし、店の運営とともにパクチーを使った商品の開発にも携わってきました。店のメニューに多く使っている「パク塩」の開発に至る道のり、パクチー料理専門店を作り上げた体験をご紹介し、誰かの挑戦につなげたいと考えています。
- 「日本パクチー狂会」を機に、パクチー情報の発信者へ
- パクチー料理専門店、パクチーグッズ、そして商品開発へ
- パク塩で生まれたパクチーの新たな可能性
- フランス産乾燥パクチーとの出会い
- 青ヶ島村の特産品「ひんぎゃの塩」との出会い
- パク塩のターゲットは?
- サハラ砂漠での“人体実験”へ
- 「パク塩水」を補給しながらサハラマラソン完走!
- 関連リンク
「日本パクチー狂会」を機に、パクチー情報の発信者へ
僕は「パクチーハウス東京」を開く2年半ほど前に、「パクチー好きの パクチー好きによる パクチーのためのコミュニティサイト」と銘打ったコミュニティ「日本パクチー狂会」を旗揚げしました。準備期間を経てウェブサイトをオープンしたのが2005年7月のことでした。現在はそのサイトは閉鎖していますが、多くのパクチー好きがそこで交流することとなりました。
サイトを作ったことにより「パクチーが好き」と密かに思っている人が実は世の中にたくさんいることが分かりました。ただ、当時はパクチーに関する情報があまりにも少なかった。スーパーにはほとんど売られていなかったし、いわゆるエスニック料理屋さんでもほとんどの店ではパクチーを出しておらず、出しているところがあってもほんのわずかに使われているのみでした。
パクチーの情報を適当に集めて、パクチーを出す店で適当にオフ会でもすればいいや――そんなつもりで「日本パクチー狂会」を始めた僕は、開始3ヶ月ほどで行き詰まってしまいました。そこで活動を止めてもよかったのですが、学生時代から放浪した海外のいろいろな場所で出会ったパクチーを日本でぜひとも普及させたいという思いが、日に日に強くなっていました。それを後押ししたのは、次々に「日本パクチー狂会」にメンバー登録してくれたパクチー狂のみなさまからのコメントでした。「私もパクチー大好きです」「こんなサイトを待っていました」云々……。
「情報がないなら、作ればいい」
かくして僕は情報の受信者から発信者となりました。
英語やスペイン語のパクチー情報を集めて翻訳したり、学術論文をひもといたり、自分で栽培して記録をつけたりもしました。また、「パクチー料理研究家」としてレシピを開発し、公開しました。そんなことを1年ほど続けていたら、パクチーに関する情報が多くの人から寄せられるようになりました。
パクチー料理専門店、パクチーグッズ、そして商品開発へ
2007年11月20日、世界初のパクチー料理専門店がオープンしました。こんなことになるとは、僕自身想像すらしていませんでした。
「パクチーハウス東京」の店内
周囲からはかなり心配されました。「馬鹿げている」「ありえない」「危険すぎる」などと反対もされました。しかし、「マニアック」で「ニッチ」な食材であるパクチーを扱う専門店がどれほど危なっかしいか、なんていうことは、改めて指摘されなくても分かっているつもりでした。
僕が当時誰も注目していなかったパクチーの専門店を立ち上げた背景には、パクチーに特化して情報発信を続け、多くの方々からの意見を聞いていたことがあります。日本の料理には、さまざまな「クセのある」食材を、その特徴を活かしながら調理するという技術があります。飲食業の顧客として過ごした時間は相当長いながらも、飲食業そのものについてはど素人。心の中ではいろいろ不安でしたが(笑)、日本でパクチーが普及しないわけがないと密かに思っていました。
だからこそ、「逃げ場を作らない」「入り口を広くする」ことを意識的にやってきました。「逃げ場を作らない」というのは、専門店であるからには全ての料理にパクチーを入れること。「入り口を広くする」というのは、僕の原点である「旅」や僕のテーマである「旅と平和」に関するイベントを開くことと、非常識と言われようと世界中からお客さんを集めるため「商圏二万キロ」を標榜(ひょうぼう)することです。
また、パクチーに関するグッズを集め、パクチーの商品開発もしてきました。店を創ってから1年ぐらいの間に、ブルガリアまで行ってパクチーの花から取れる蜂蜜の採蜜工場を訪ねたり、食品会社に企画を持ちかけてパクチー麺を開発したりしました。出版社に揺さぶりをかけてパクチーに特化した『ぱくぱく!パクチー』という本を出したのは、僕自身が勝手に始めた「パクチー料理」というジャンルを確立するためでした。「パクティー」(パクチーをブレンドしたお茶)や「コロコロパクチー」(パクチーの香りがするアロマオイル)などの展開も行っています。
「パクチー蜂蜜」の産地、ブルガリアを訪問
今でこそ毎週のように食品各社からパクチー関連商品が発売されるようになっていますが、当時商品を出すたびに世間から驚きを持って迎えられたのは、とても貴重で楽しい経験でした。
今ではパクチーグッズの種類も豊富に
そんなさまざまな「パクチーグッズ」の中で、特に開発に力を入れた商品があります。それが、冒頭で紹介した「パク塩」です。
パク塩で生まれたパクチーの新たな可能性
パク塩の歴史はパクチーハウス東京よりも古いです。日本パクチー狂会のイベントで会員の一人がその原型を作って持ってきてくれました。乾燥パクチーを使っており生パクチーそのものの味はもちろんしませんが、塩味に加えパクチーの奥深くに潜むほろ苦さが食材の味を引き立てる感動の味でした。薬味として載せるだけじゃない、パクチーの新たな可能性が開いた瞬間でした。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍であった」のです。
その後、パクチーハウス東京を開いてから、メニューの一部にパク塩を使うこととなりました。そのパク塩のプロトタイプを作ってくれたのは僕が大学生のときにカンボジア・プノンペンで出会った方で、パクチーハウス東京の初代料理長を勤めてくれました。現在は「mountain*mountain」というカフェを山梨県北杜市で営んでいます。
パク塩を使った人気メニューに「パク塩アイス」や「パク天」などがあります。濃い緑の粉末を見て、「塩までパクチーなんだ!」と喜んでくれる方がたくさんいます。
パク天
多くの人のポジティブな反応を聞くにつれ、パク塩をもっともっと美味しくしたいと思うようになりました。日本各地を訪れたり、海外を旅したりするたびに、ご当地の塩を味見する日々が始まりました。世界にはたくさんの種類の塩がありますが、「これしかない!」と決められるものとはなかなか出会えませんでした。塩を探す旅(それだけが旅の目的ではないですが 笑)が、その後5年ぐらい続くことになります。
フランス産乾燥パクチーとの出会い
今や「パクチーブーム」と多くのメディアが言うようになりました。パクチー料理専門店ができるだけでなく、普通の居酒屋さんやファミレス、各国料理店でもパクチーを使った商品を見かけるので、そろそろ「ブーム」というより「文化」といえるのではないでしょうか。最近では食品各社から毎週なにかしら新製品が出ている状況ですが、実は1~2年前から、食品会社の人がちょこちょこと名刺を差し出してくれるようになっていました。
そのうちの一社がエスビー食品でした。何度かお話しするうちに、同社でパクチーに関する89分間の講演をさせてもらうことになり、また、スパイスとハーブに関するコラボイベントを一緒に実施することになりました。それらの打ち合わせをしたある日、乾燥パクチーのサンプル品をいただきました。
【楽天市場】 エスビー パクチーの検索結果
【楽天市場】■パクチー〈香菜〉/チップ/袋100g[coriander/chinese parsley]:e-エスビーフーズ
それが驚きの味でした。乾燥パクチーのほとんどは、おそらく高温かつ短時間で乾かしているため、味も香りも飛んで苦みと緑色だけが残ったものが多いです。しかしこの時にいただいた乾燥パクチーは、香りがしっかり残っており、パクチーの美味しさが生きていると感じました。これでパク塩を作りたいと思ったのです。
青ヶ島村の特産品「ひんぎゃの塩」との出会い
「ひんぎゃの塩」のことは、パクチーハウス東京の現店長・牛田うっしぃが教えてくれました。東日本大震災の後に約1年パクチーハウスを離れていた彼女は、雑穀アドバイザーとして雑穀の普及に尽力しつつ、食に関わる旅をしていました。その過程で人の縁でつながって出会ったのが「ひんぎゃの塩」でした。
「ひんぎゃの塩」は、東京から358km南にある、伊豆諸島南部の火山の島である青ヶ島の特産品。蒸気が吹き出ている“火山噴気孔”を「ひんぎゃ」と呼ぶそうで、名前の通りその蒸気熱を使い1ヶ月以上かけてゆっくりと作られる塩です。カルシウム等のミネラルをたっぷり含む大きな結晶が特徴で、口に含むと甘みすら感じます。
初めて味わった際、そのうまさ、甘さに驚きました。その味わいはしっかり記憶にあったようで、サンプル品としてもらった「初めての美味い乾燥パクチー」を賞味したとき、うっしぃ推薦のこの塩を組み合わせれば、ものすごい商品ができると思いました。
パク塩のターゲットは?
「パク塩」は、パクチーと塩だけのシンプルな商品ですが、素材選びには長い時間を必要としました。しかし、ひとたび素材が決まると、商品化に向けて一気に動き始めることとなりました。
パク塩をどういうシーンで、誰に食べてもらうか。商品化決定後、そんなことを考え始めました。試作品をあらゆる食材に振りかけたり、さまざまな料理の味付けにしたりしました。「素材の味わいを引き立て、うまみを加える」というのが試作品を食べたほとんどすべての人の感想でした。
では「うまい塩ができたから買ってください!」「パクチーが入った珍しい塩です」と言って売ればいいのでしょうか? それは違うのではないかと、僕は思いました。そこで、塩分とミネラルをより必要としている人は誰なのか考えました。思いついた解は「ウルトラアスリート」でした。激しい運動をする人たちの極限状態において、パクチーの入った究極の塩が役に立つのではないか。僕は自ら、パク塩の効果を試す実験台になることを決意しました。
サハラ砂漠での“人体実験”へ
僕は人体実験の場所に、モロッコ南部のサハラ砂漠を選びました。
その頃、パクチー料理専門店という「マニアック」で「ニッチ」とされた業態を「パク」る人が現れました。日本パクチー狂会の創設以来、パクチー普及に尽力してきた僕としては、信じられないほど嬉しい出来事でした。それも一つだけでなく、いくつか店が出る兆しがありました。また、パクチーを商品化したいという、食品会社の「マニアック」な担当者にもたくさん知り合うことができました。
2015年4月、パクチーハウス東京のオープンから89ヶ月を迎えようとしていました。パクチー料理専門店を作ることや運営することに対して、数え切れないぐらいの人たちから批判され、疑問を呈されてきましたが、僕は「ありえない」と言われながらもなんとか店を継続することができました。
それまでは「遠慮がち」にパクチー料理専門店の経営をしてきましたが、89ヶ月という節目(パクだから89ですよ! 気づいていると思うけど!)からは、もっと自信を持ってパクチー料理専門店のファウンダーとしてふるまおうと思いました。
「さぁ、これからはパクチーの時代です」
これは僕なりの決意表明でした。さぁ(3)パクチー(89)。そこに砂が入り込んできました。389……389……読み替えると3(さ)8(ば)9(く)……砂漠!? 発想はしばしば飛躍するものですが、ここまで飛んで行っていいのでしょうか。と思いながら、僕の心はサハラ砂漠へ行ってしまいました。
僕は389(砂漠)の呪縛に囚われ、サハラ砂漠でマラソンをする「サハラマラソン」という、馬鹿げていて、実現できそうもないことに89ヶ月の記念としてチャレンジし、それをやり遂げてみようと思いました。これで、パク塩商品化のすべての条件が整ったというわけです。
「パク塩水」を補給しながらサハラマラソン完走!
サハラマラソンでは、モロッコ南部のサハラ砂漠を、1週間かけて250km走ります。衣食住すべての荷物を自分で運ぶのがルールです。毎日の食事も自分で用意しなくてはなりません。水だけは主催者がチェックポイントで用意してくれることになっています。
パク塩には「ひんぎゃの塩」由来の多くのミネラルが含まれています。また、パクチーにはさまざまな効果(デトックス・整腸作用・健胃効果など)があるとされています。世界一過酷とも言われるサハラマラソンの極限状態で、身体にいい効果をもたらすのではと期待していました。
「人体実験」ですから、僕は自分の体が必要とするほぼすべて(89%程度)の水分をパク塩を水に溶かした「パク塩水」で補給。毎日の食事も、基本的にパク塩で味付けをしました。
その結果、(もちろんすべてがパク塩効果というわけではないでしょうが)単なるファンランナーの僕が、足にマメが数個できた以外のトラブルはない状態で、ほぼ毎日同一のテントにいた仲間の中で一番にゴールするということになりました。
そして、パクチーハウス東京の89ヶ月記念パーティーに、その「サハラマラソン」チャレンジの報告会をぶつけました。報告会のタイトルは、「砂漠にパクチーを生やす」。砂漠にパクチーが生える日がいつ来るかはもちろん分かりません。しかし、一見不可能なことでも、努力して意思を貫けば、そして諦めなければ、実現できるのです。パクチー料理専門店を作ってから89ヶ月間の体験を、困難な道を進もうとする人へ伝えることができたと思っています。
89ヶ月記念パーティーの記念写真!
パクチー料理専門店とサハラマラソン。一見関係なさそうではありますが、「ありえない」と思うようなことでも、不断の努力が状況を変えるという共通点があるように思います。砂漠を走った250kmは長かったですが、一歩の積み重ねで、ゴールへと近づいていけます。パクチー料理専門店の運営も、パク塩の開発も、砂の道を一歩一歩進むようなものですが、その風景は常に美しく、一瞬一瞬が興奮に満ちた素晴らしい体験でもありました。
ほとんど誰も信じないかもしれないことを目標に掲げ、それに向かって邁進していくことの大切さと面白さ。そして世界中で親しまれるパクチーをきっかけにした異文化への理解・交流。それらを、“交流する飲食店”をコンセプトとするパクチーハウス東京を通じて伝えていきたいと思っています。パクチー料理の魅力から、人とのつながりや大きなチャレンジへ思いを馳せていただければ幸いです。
著者:佐谷恭(さたに きょう)
株式会社旅と平和・代表取締役。世界初のパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」とコワーキングスペース「PAX Coworking」(いずれも東京・経堂)のファウンダー。「日本手食協会」理事長、地域活性と再発見のためのランニングイベント「シャルソン」の創始者でもある。著書に『つながりの仕事術 「コワーキング」を始めよう』(洋泉社)、『ぱくぱく!パクチー』(情報センター出版局)、『みんなで作るパクチー料理』(スモール出版)。
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