突然だが、私の部屋には何もない。
殺風景な空間で暮らしている。あまり人間の住んでいる部屋という感じがしない。普通の家にあるものがほとんどないからである。
具体的に何がないのか。たとえば冷蔵庫がない。電子レンジがない。炊飯器がない。洗濯機も、掃除機も、テレビも、ソファも、クッションもない。
「逆に何ならあるんだよ」という声が聞こえてきそうなので、部屋の写真を載せておこう。
仕事用の机と椅子、寝るための脚付マットレス、そして本棚とスピーカーがある。あとはクローゼットに衣類があるだけだ。自分でもたまに、電子レンジも冷蔵庫もないのにスピーカーがある部屋にウケている。音にこだわっている場合か!
予算2万円で「一人暮らしに必要なもの」を買う
べつに強い思想があってこんな暮らしをしているわけではない。この部屋に住みはじめてもうすぐ1年になるんだが、それ以前は人の家に長いこと居候していた。家電などはすべて使わせてもらっていた。そのため、所有物が極端に少なく、部屋に人間らしさがないのである。
そんな時、それどこ編集部に提案された。
「じゃあ、予算2万円で、人間らしい部屋にするという企画をしてみませんか?」
私は「やります」と即答した。2万円と言われたからである。逆に、これをやらない人間はいるのか。条件はひとつ、「楽天市場にある商品」というだけ。そして楽天市場には何でもある。これは要するに、何でも買っていいということじゃないか!
ルール
- 予算は2万円
- 楽天市場にあるものならば何でも買ってよし
- 送料は予算に入れなくてよし
- なぜそれを買うのか、逆になぜそれを買わないのか、理由を書いていくこと
さっそく検討していきたい。
ルンバ
「何でも買っていい」と言われて、最初に浮かんだのはルンバだった。しかし、調べてみると、安いものでも4〜5万円くらいする。完全に予算オーバーだ。
設定金額を7万円に上げられないかと編集者に交渉してみたが、「上がるわけないでしょう」と即答された。これはまあ当たり前。サッカー選手がキックオフ直後に「手も使うことにできませんか」と言うようなもの。分かってはいた。受け入れられるはずがない。ルールは厳守。現実を見よう。
便座カバー
現実とは便器のことである。ルンバの夢が潰えたとき、次に浮かんだのは便座カバーだった。今はむき出しの便座を使っている。自動で温かくなるような高級な機能もない。
このあいだの冬はたいへんだった。座るたびに心臓がキュッとしていた。「ひゃんっ」という声も出た。毎日、2秒ほど乙女になっていた。便座カバーがあれば冷たくないはず。値段も安いし購入しよう。756円。
残りの予算:19,244円
カーテン
この部屋にはカーテンがない。むきだしの窓のまま過ごしている。すりガラスだし、窓の向かいはビルの裏側で人から見られる心配もない。日当たりは最悪だが防犯は完璧だといえる。その意味では問題はないんだが、冬場は窓付近が寒かった。
防犯ではなく、防寒・防暑のためにカーテンを使えないか。調べてみると断熱カーテンというものがあるらしい。冬は室内の熱を逃がさず、夏は外気の熱を入れない。これで夏冬の電気代を下げられるかもしれない。試してみたいので購入決定。6,150円。
残りの予算:13,094円
加湿器
加湿器というものを使ったことがない。そもそも自室にエアコンすらない環境の方が多かった。加湿器がある生活はどんなものなんだろうと思いながらいろいろと見ていたところ、おしゃれなデザインのものを見つけてテンションが上がったので購入決定。5,990円。
残りの予算:7,104円
なんだか、あっというまに予算が減ってきた。あきらかに2万円で浮かれている。こどもじゃないんだから、気を引き締めなくてはならない。2万円を持って楽天市場を見るという行為が、ここまで人を興奮させるとは。
それにしても、楽天市場で色々なレビューを見ていると面白い。私は「リピ決定」というフレーズがツボである。自分でも使ってみたくなる。要するに「また買います」ということなんだが、「リピ」っていいですね、かわいくて。
食器および調理器具
はやめに書いておいたほうがよさそうだが、私は自炊を一切しない。というか、1日に大きな食事を一度しかしない。それを外食で済ませる。非常に小食である。
なので家には皿が1枚もない。鍋もフライパンもない。引っ越し後、必要になったら買おうと思っていたら、何も買わないまま1年が過ぎてしまった。なので食器や調理器具はすべてスルーしていく。
ちなみに、気まぐれで無印良品のスプーンを買ったので、台所にはスプーンが1本だけ置いてある。これはたまに見てウケる。使い方を知らずに拾ってきた原始人のようだ。
冷蔵庫
自炊をしないと、冷蔵庫も使う機会がない。日常的に飲むのはコンビニで買った2リットルの水だ。これを机の上に置いて、常温で飲む。冷たいジュースが飲みたくなれば、コンビニで買ってすぐに飲む。コンビニが冷蔵庫代わりという感じか。
大学時代はふつうに冷蔵庫のある生活をしていたが、まったく自炊をしなかったため、常にからっぽの状態だった。4年間、私は毎月電気代を払って、無を冷やしていた。あの反省もある。みなさんも、なにかコンセプチュアルな意図でもないかぎり、お金を出して無を冷やすのはやめましょう。もったいないので。
洗濯機
そもそも予算外だが、洗濯機も買うつもりがない。近所のコインランドリーで済ませている。立派な洗濯乾燥機が置いてある。これは素晴らしいものである。それまでの人生で乾燥機を使ったことがなかったので感動した。
コインランドリーではじめてホカホカの衣類を取り出した瞬間、「あっ」と思った(※)。もう乾燥機なしの日々には戻れないぞ、と思ったのである。「干す」というプロセスを省略できると知ると、もう戻れない。
しかし、自宅用に洗濯乾燥機を買うと、けっこうな値段がする。私は、コインランドリーの使用料金および頻度と洗濯乾燥機の購入金額を脳内でカチャチャと計算し、コインランドリーを使うことに決めた。こういう計算だけは速い。
※正確には「あっ……♥ 」
電子レンジ
電子レンジもないまま1年過ごした。単機能のものなら5,000円ほどからあるようだ。これは非常に悩むところだ。
たまにコンビニ弁当を買うが、これは店で温めてもらえるので困らない。ただ一度、店員が温めますかと聞いてこず、私は私でボーッとしていて、帰宅後に弁当が冷えたままだと気付いたことがあった。面倒だったので冷えたまま食べた。あれは地獄だった。冷えたコンビニ弁当はすごかった。あれ、愛の対義語でした。
その後は、弁当を温めてもらえたかに異常に敏感になった。なのでもう同じ悲劇は起こらないだろう。となると、無理に買わなくてもいいのか。非常に悩んだが、ひとまず購入は見送り。残り予算とにらめっこ。
ローテーブル
仕事はデスクでやる。パンやお菓子もデスクでそのまま食べてしまう。だらだらするときはベッドに入る。なので一人でいるぶんにはローテーブルの出番はない。
ただ、この1年で一度だけ、友だちが遊びにきて飲み会をしたことがある。フローリングに缶チューハイをそのまま置き、ポテチなどを広げて食べた。あのとき、一生分の「みすぼらしい」という言葉を聞いた。右の友だちからも左の友だちからも言われた。ついには、みすぼらしさに乾杯されてしまう始末。
その意味では、ローテーブルがあると便利なんだが、そもそも今後、人が来ることはあるのか? 友人一同、「リピなしです」という顔をしていたが。
ラグとクッション
フローリングにラグを敷き、クッションを置く。これも人が来たときに便利だろう。家飲みがみすぼらしくなることもない。友だちがリピしてくれる。
しかし、一人のときは邪魔になる。部屋に何もないスペースを大きめに取っているんだが、これに大きな意味がある。私には、原稿を書いていると興奮してきて、室内をぐるぐると歩き回るくせがある。このとき、広い床があると便利なのである。テーブルを置くと歩き回る邪魔になるだろう。あと、興奮するとキャスター付きのイスで室内を無意味に移動することも多いんだが、後方にラグを敷くと、キャスターが引っかかってしまう。
ということで、残念だが見送り。どうせもう人は来ない!
観葉植物
部屋に緑があると、殺伐とした雰囲気が薄れるんじゃないか。そんなに場所も取らないし、観葉植物を置いてみるのはよさそうだ。「バカラとかいう名前の植物あったよな、あれ置きたい」と思った。しかし調べてみると「パキラ」だった。「バカラ」はギャンブルですね。もしくは高級ガラス。どちらにせよ記憶が雑。
楽天市場でいろいろと植物を見てみて、パキラではなく、サボテンを買うことにした。世話が簡単そうだったからである。見た目もきれいだ。植物を愛して人間になろう。ひさびさに購入決定。3,564円。
残りの予算:3,540円
傘立て
いよいよ予算が少なくなってきたが、そういえば、うちには傘立てがない。傘は玄関の壁にそのまま立て掛けている。たまに、すべって倒れている。すると私はムッとする。数秒のムッとした気分も、積み重なればけっこうなストレスだろう。購入決定。1,836円。
残りの予算:1,704円
水2リットル・12本セット
これでほぼ予算を使ったが、残りのお金で水を1ダース買うことに決めた。今後も絶対に飲むし、12本もあれば当分は買い足す必要もない。やっぱり水はいいですよね。人類誕生以前から存在する定番中の定番ブランド。人類は水をリピして生きてきた。
商品決定
以上、購入するのは、
- 便座カバー 756円
- カーテン 6,150円
- 加湿器 5,990円
- 観葉植物(サボテン) 3,564円
- 傘立て 1,836円
- 水2リットル12本セット 1,450円
- 合計19,746円
に決定。商品の到着を待ちます。
生活はどう変わったか?
数日後、商品がすべて届いたので、集合写真を撮った。
カーテンはすでに掛けてある。前方でクタッとなっているのは便座カバーだ。
撮影後、適切な場所に移動させた。それぞれの使用感を書いておこう。
便座カバー
予測できたことだが、便座カバーは最高だった。もう尻が冷たくない。トイレに行くたびに、「そうだ、もう冷たくないんだ」と嬉しくなる。なぜこれまで買わなかったのか分からない。1,000円もしないのに。
考えてみれば、引っ越し後半年ほどは、シャワーカーテンも買っていなかった。ユニットバスなので、トイレの床はびしょびしょだった。我慢して用を足していた。私はたまに、自分はただのバカなんじゃないかと思うことがあるんだが、便座カバーなしで1年過ごしたことで確信を深めつつある。さっさと買え。
傘立て
傘立ては傘を立てるためにある。もう倒れることがない。ムッとすることがない。人類が道具というものを作り出すことに感動している。ほんとに感想がバカみたいだが。
加湿器
人生ではじめて加湿器を使った。もう乾燥は怖くない。室内を徘徊(はいかい)するときの邪魔にならないサイズなのもよかった。蒸気を吹き出しているのが面白くて、ずっと見ている。
水
再確認したが、私は水が好きである。これまでは近所のコンビニで1本ずつ買っていたが、まとめ買いを続けてみるのもいいかもしれない。ちなみに、12本セットを買ったのに9本しか写っていないのは、どんどん飲んでいるからだ。
サボテン
これは仕事机に置いた。左隅である。机に置くのにちょうどいいサイズだった。
心理的に大きな影響があった。小さなサボテンがあるだけで、ずいぶん雰囲気が変わる。これまでは、仕事をしていて手が止まると目の前の白い壁を眺めていたんだが、今はサボテンを眺める。よい気分になる。白い壁を見つめていると、心に虚無が満ちてくるんだが、サボテンだとそうならない。おだやかな気持ちになる。
カーテン
カーテンの断熱効果を実感した。遮光もけっこうありがたい。しかし何よりも、カーテンを掛けるだけで「人間の住んでいる部屋」という雰囲気が生じることにおどろいた。だからみんな、カーテンを掛けていたのか。
衣服を身に付けることで、ヒトは人間になる。同じことが部屋にも言えるのか。人が布を身につけるように、部屋にも布が必要なのかもしれない。これまで、私の部屋は全裸だったのだ。部屋にも服を着せよう。
まとめ
before
after
個人的には、ものすごく変化を感じている。
とにかくカーテンの存在が大きかった。いまや、beforeの写真を見ると、「人間の部屋じゃない」と感じるほどだ。こんな部屋で1年も暮らしていたとは信じられない。beforeの部屋は、全裸で仁王立ちしているようなものだ。すごく恥ずかしい。人の暮らしが布とともにあることを知らないのだ。
2万円で人間になれた。私はそう感じている。ただまあ、電子レンジも、冷蔵庫も、洗濯機も、ソファもテレビもラグもクッションもないままであるのもまた事実である。結局、友人が来ればみすぼらしいと言われそうだ。
しかし大丈夫、この部屋に人は来ない!
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