娘が生まれて、今日で1251日目になる。
長いようで短い、短いようで長い。「早いよね」と感傷的になることもあれば「いやいやとんでもない」と苦労の日々に渋い顔をすることもある。
わたしのこの腹(今もまだ中に何か入ってるんじゃないかと思うほど立派なこの腹 )から、娘が「ギャオース」と生まれた日。その日から、育児に必要なさまざまなものを買い、使ってきた。そのほとんどがもう、押し入れの中でホコリをかぶっている。
これから綴るのは、それらのホコリを払ってよみがえった、わたしの記憶の中のむすめとの物語である。
6日目。
長い陣痛に耐え、無事に娘を産み落としたわたしを待っていたのは、24時間体制の娘との密着生活であった。
密着とはほんとうにその言葉のとおり、密着なのである。
赤子は「ベビーベッド」で寝るなどと聞いていたので産前より購入しておいたのだが、これがまあ寝ないのだ。なぜなら娘には “背中スイッチ” という世にも恐ろしい機能が搭載されており、ベッドに背中をつけると「ギャオース!!」と泣くしくみになっているのである。
そのためわたしはほとんどの時間、娘を抱っこして過ごすことを余儀なくされた。
「腕筋を鍛えすぎてアームレスラーになってしまうのでは?」という危惧で夜も眠れぬ日々を過ごしていたが、その点については「抱っこひも」で解決できた。
抱っこひもとは主に赤子の移動手段として利用されるが、わたしの場合、産後すぐはむしろ家の中で使用する方が多かった。こうして密着している間は、すやすやと眠ってくれた。
病めるときも健やかなるときも、わたしたちは密着して過ごしたのである。
45日目。
娘が0歳のときに特に苦労したのが外出である。苦労というかもはや恐怖症である。おでかけこわい。ちょーこわい。
赤子との外出には「ベビーカー」が便利であるが、娘はベビーカーが大嫌いであった。ごきげん状態は5分持てば良いほう。ところかまわずすぐに子怪獣ギャオースに変身するのである。
そんな娘との外出のたびに、わたしは神経をピリピリさせていた。電車なぞ乗ろうものなら、いつ泣くかいつ泣くかとハラハラして心臓に悪い。
ある日、娘とバスに乗ったとき、彼女は乗車中ずっと泣きわめいていた。娘のヴォイスが大音量なので、こんなわたしたちがバスに乗ってごめんなさいごめんなさいと思いながらひたすらまわりにペコペコ頭をさげた。どんどんヒートアップする娘に、もうこっちが泣きそうだった。
結局、目的地に着いて降りるときまで、娘は泣きどおしだった。最後に車内に向かって「ご迷惑をおかけしました」と頭をさげたとき、運転手さんはわたしに言った。
「おつかれさまでした」
プシューとドアが閉まりバスが走りだすと、娘は嘘のように泣きやんだが、今度はわたしが泣いてしまった。
「おつかれさまでした」
その日はじめて聞いた「大人の」声を、わたしは胸の中で噛みしめていた。
100日目。
「298、299、300!…301、302…」
もう深夜3時をまわったというのに、わたしは娘、もとい鬼コーチの指示によって、“縦抱きスクワット” という地獄トレーニングをやらさられていた。この縦抱きスクワット(子を縦に抱き膝の屈伸で揺らす)は娘の大のお気に入りで、これ以外では決して眠らないのである。
当時まだ生後3か月程度の娘は、昼夜問わず1~3時間おきに起きる状態で、わたしの日常はトレーニング三昧だった。「このままではわたしの膝の軟骨は全てなくなるのでは?」と危惧していたが、それを解消してくれたのが「バランスボール」なのである。
バランスボールは本来、ストレッチなどの用途で使用するものであり育児グッズではないのだが、これがまあ使えるのだ。
娘をスリングなどに入れて抱き(一応両手が空くように)、ボールに座ってぽよんぽよんする。するとあら不思議、膝の軟骨を気にせずにスクワットと同じような揺れが発生するのである!
現代の科学技術(?)が鬼コーチに勝利した歓喜の瞬間である。そしてこれがのちに、2012年膝軟骨バランスボール革命として、わが家で語り継がれることになるのであった。
325日目。
このときまさに「春がきた」 とわたしは思ったものだ。
4月になり、生後11か月の娘は保育園へ入園することになった。娘には悪いが、わたしはこの日を心待ちにしていたのである。
“外” の世界とのつながり。ひとりの時間。
それはこれまでの1年間、わたしが願ってやまなかったものだ。久方の光のどけき春の日に、わたしの心は高ぶりまくっていたのである。
通園用として購入した「子ども乗せ電動自転車」もわたしたちの生活を一変させた。育児グッズとは少し違うかもしれないが、これまで購入したものの中で一番使い倒しているということは間違いない(すごく高かったけど)。車の免許を持たないわたしにとって、まさに必需品なのである。
来る日も来る日もわたしたちはこの自転車に乗って “外” の世界に出かけた。前に座るこの小さな背中には、不安もたくさんのっていることだろう。だけれどそれを楽しさに変えるちからも持っている。
同じように不安を抱えるわたしも、ヘルメットのうしろ頭に大きな勇気をもらいながら、毎日ペダルをこいで前へ前へと進むのだ。
ときに歌をうたいながら、
ときにけんかをしながら、
ときに笑い合いながら、
ときに息をきらしながら、
2人でなければ気づかなかった、道ばたの花をゆびさしながら。
678日目。
1歳半をすぎ、2歳へと近づいてきたころ「ママ」「パパ」「ワンワン」などの簡単な言葉をしゃべれるようになり、徐々にではあるが双方のコミュニケーションもとれるようになってきた。娘がこのころ、とても熱中していたのが、あの国民的ヒーロー「アンパンマン」なのである。
それまでもアンパンマンに触れる機会はたくさんあったものの、どうやらこいつは丸っこい顔を誰かに食わせたり、丸っこい手でパンチを繰り出したりするめっちゃかっこいいヒーローであると認識したのはこのころではないだろうか。
おもちゃ、絵本、DVD、ぬいぐるみ……etc、その時期の身の回りのものは当然アンパンマン一色。
騒がしく落ち着きのない子どもを一瞬で夢中にさせるこの丸顔は、親であるわたしにとっても 夫より 頼りになるヒーローなのであるが、それは同時に少しのせつなさをもたらす結果となった。
夫「パパとアンパンマンどっちが好き?」
娘「あんぱんまん」
私「ママとアンパンマンどっちが好き?」
娘「あんぱんまん」
即答であった。
831日目。
このころになると、もう身の回りのほとんどのことがひとりでできるようになってくる。
食事も、着替えも、保育園の準備も、電気をつけたり消したりするのだって「娘ちゃんがやるの!」と地団駄を踏む光景がすでにおなじみとなっていた。(おもちゃを片付けるときだけ「ママがやって…」と消え入りそうな声で言ってくる)
そろそろかなあ、と、わたしは2歳になった娘と「トイレトレーニング」をはじめるべく、必要なものを揃えた。
子ども用の便座、おまる(娘は便座よりおまるの方が好き)、“アナ雪”のトレーニングパンツ、“ワンワンとうーたん”のトレーニング用シール……
最初は、出てもいないのに「でたよ」と申告する出た出た詐欺をくりかえしたり、うんちのたびにカーテンのうしろに隠れるなどしていた娘であるが(それが落ち着くらしい)、それでも「おねえさんになりたい」気持ちをモチベーションに、今日までがんばってトイレトレーニングに励んでいる。
962日目。
2歳半をすぎ、娘はすっかり “女” になった。28歳のわたしよりも女子力が高いのである。どのくらい高いのかというと、真冬であっても「おんなのこだから」という理由で全然寒くないと言い張るくらいである(女子力って一体……?)。
そんな娘はいよいよ「洋服」へのこだわりが強くなった。
ハート、花、リボン以外の柄は決して受けつけないのである。しかもわたしの預かり知らぬところで、汚れていない服を何度もお色直ししていることがあるのでもう手に負えない。
買い物へ出かける際も彼女の勢いはとどまるところを知らない。ちびっこのくせをして「ランジェリーショップ」に行くのがお気に入りなのだ。女性用の下着は花柄やレースをあしらったものが多いため、女に目覚めた彼女としてはどうやら夢のようなアイテムらしいのだ。
「それは大人用だから、娘ちゃんも大人になったら買おうね」というと、「うん!」と意外にも聞き分けは良く、こぶしを振り上げて「よぉし!がんばるじょー!!」(何を?)と言ってはメラメラと燃えている。
1208日目。
家ではもっぱらお絵かきに励む娘にとって「36色入りの色えんぴつ(わたしのやつ!)」が今一番のお気に入りアイテムである。
その上達ぶりも凄まじく、ついこないだまで丸すらうまくかけなかったのに、今では一目見てちゃんと “人の顔” とわかるようなものが描けるようになった。
タイトル「パパとママ」
ママが険しい表情で何かをまくし立てる横でパパがタジタジになっている様子を上手く表現した味のある作品
わが子の芸術肌には夫婦そろって感心するしかないのである(親バカ?うん知ってる)。
そして1251日目の今日。
時計の針がもうすぐ0時を指そうとしている。
遊び疲れて別室で寝息をたてている娘は、今ではもう「育児グッズ」なんてほとんど必要としなくなっている。冒頭でも述べたように、購入したもののほとんどは、今では押し入れの中でホコリをかぶっているのだ。
お出かけ中はひとりで歩けるし、寝かしつけだって添い寝で充分。生まれたころに買った服なんて、嘘のように小さく見える。1日に10回もピュルピュルうんちをしていたあの赤子は、いつのまにか立派なレディ(?)になってしまったようである。
腹を出したまま眠る彼女にふとんをかけなおす必要がなくなる日も、もしかしたらすぐに来るのかもしれない。
さて、これを書き上げたらパソコンを閉じて、わたしも彼女の隣で眠りにつこう。
1252日目もまた、笑顔で「おはよう」と言うために。
「もうこんなに大きく」と「まだこんなに小さい」の思いを行き来しながら、止まらぬ時の流れの中で、わたしはむすめとのまた新しい「あした」を生きようとしている。
著者:はなこ (id:hana5521)
2012年生まれの娘をもつ一児の母。どちらかというと子どもに育てられている。
「はなこのブログ。」にて日々くだらない日記を更新中。重度の親バカ。
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