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日常で着るには微妙に派手かな? という感じの服を手に取ったとき、店員さんに必ず言われるセリフである。確かに海外ドラマなどを見ていると、わりと頻繁に「ちょっとしたパーティー」が行われているようだが、自分がそうした「ちょっとしたパーティー」に誘われた経験は、ほとんどない。
そんな実態のわからない「ちょっとしたパーティー」への憧れを私はひそかに募らせていた。あまりに憧れすぎて、自分で自分の出版記念パーティーをやったこともある。小さなお店を貸し切りにしてもらって、友達を呼んで、シャンパングラスをフォークでチン! と鳴らしてスピーチまでやった。
「一生に一度、海外セレブの日常を描いたドラマに出てくるようなパーティーをやってみたいという私の夢に付き合ってくださってみなさん、ありがとうございます!」というスピーチだった。そんなに憧れるか、パーティーに。
ウエディングドレスを着て歌って踊りたい
40歳。そろそろ、図々しく自分の誕生日パーティーをやってもいいんじゃないか。還暦とかまで待ってられないし、家族を作る気がない人間にとって、還暦祝いはあんまり楽しみに思えない。それよりは飲んで騒ぐ元気があるうちに、ちょっとしたパーティーのひとつやふたつ、やらかしておくべきではないのか。
人生でまだやっていないことの中で、やってみたいことといえば「ウエディングドレスを着ること」だった。しかし、新郎はいない。ドレスで出てくれば、「新郎の登場はいつ?」という雰囲気になるのは必至だろう。
それを回避するにはどうしたらいいのか……。そこまで考えて、私は「アナと雪の女王」の「Let It Go」を振り付きで歌いながら登場する、というやり方を考えた。一人で生きていくという自虐っぽい考えはなくて、あの歌の自由を歌い上げたかっただけなのだが、まぁ簡単に言えば、おっさんが「マイ・ウェイ」を歌いたがるようなもんである。
映写設備があって食事も美味しい。そんな会場あるの?
映写設備がある場所というと、貸し会議室やイベントホールを運営するベルサールとか、IT系の企業がセミナーなどで使っているところがいくつか思いつくが、なんとなくパーティー感は薄い。招待客も、友達とはいえみんな暇人じゃない。忙しい大人である。そんな人たちに時間も会費も払って来てもらうのだから、それなりにお料理もおいしくて、パーティー気分になるような場所にしたい。
あるにはあるのだが、決め手に欠ける。雰囲気が好きなお店にはプロジェクターがなかったり、そもそも貸し切りを受け付けていなかったり……。
「普段行っているおいしいお店を貸し切ってみんなで食事をする」だけだったら、候補はたくさん思い浮かぶのだが、私の「歌って踊りたい」という死ぬほどどうでもいい要望のせいで、限りなく候補が減っていく。しかも、当日ウエディングドレスを着るので、メイクもプロにお願いしたいし、記念写真もちゃんとしたのを撮りたい……。
資生堂の「SHISEIDO THE GINZA」のフォトスタジオに、メイク付きのプランがある。隣の資生堂ビルには、資生堂パーラーがある。借りるのは高そうだけど、あそこ、借りられないんだろうか……。
希望にかなう会場を見つけた
そう思ってWebサイトを見てみると、なんと資生堂パーラーとは別のフロアに「ワード資生堂ホール」という貸し切り用の小さなホールがあった。もちろんプロジェクターあり、スクリーンあり。お料理は資生堂パーラーのものをお出しします、とのこと。
気になるお値段は、30名立食プランでお1人様8,000円(税・サ込)~、着席プラン20~40名で6,500円(税込・サ別)~と、思っていたよりもお手ごろだ。立食プランにいたってはドリンクも込み。パーティーは2時間までで、別途場所代などはかからないし、プロジェクターなどの設備の使用料もかからない。
ただ利用金額が20万円に満たない場合や、予定人数にキャンセルが出た場合(5日前までキャンセル可能)は、その分だけお支払いください、という仕組みになっている。これならなんとかなりそうかもしれない、と思って、私はこのワード資生堂ホールにパーティーの相談をしてみた。
……。どんな質問にも淀みなく答えが返ってくる。これが歴史というものか。
ちなみに、私がメールでそうした相談をしている間、なんと友人がサプライズでプロレス団体を呼ぼうかと計画しており、ホールに「マットを敷いて、プロレスをするのは可能でしょうか?」という質問を電話でしたそうだ。
すると「素敵なアイデアですが、さすがにそれは……」と言われたとのこと。プロレスは無理だけど、それでも「プロレスぅ!? 何言ってんですか!」みたいな対応には一切ならないところが本当にすごい。いったい、今までどれだけ、どんなパーティーが行われてきたのだろうと思ってしまった。
友人たちに招待メールを出すと「えっ、資生堂!?」「銀座! 何着てけばいいの?」「私、もしかしたらこれが生まれて初めての『ちょっとしたパーティー』かもしれません」などの返信が寄せられた。
細部まで行き届いた対応に安心して全てを任せられる
私はまず隣の SHISEIDO THE GINZA のビルの2Fでメイクをしてもらった。ついでにプロフィール用の写真も撮影したかったので、衣装を着替えて2パターン撮影してほしい、と伝えていた。
「昔の女優さん風メイク」でリクエスト
ウエディングドレスを出してきて「結婚はしないんですけど、パーティーで着るので……」と、このわけのわからないパーティーのことを説明しかねてモゴモゴしてても、こちらのスタッフの皆さんはまったく動じない。
「素敵ですね!」と笑顔で、衣装に合うようメイクを考えてくれる。私は「昔の女優さんみたいにしてください!」という無茶を言ってみたが、本当にそんなふうにしてくれた。メイクへのこだわりもすごく、撮影中にも何度もお直しが入る。0.5ミリぐらいのリップラインやアイラインの直しをきめ細かくしてくれるのだ。否が応でも「今日の主役は私」感が高まってくる。
そのままドレスで銀座の路上に出て、すぐ隣のビルに移動してホールに入り、マイクや映像の確認をバタバタとして、すぐに開演となった。受付と、映像の再生などの操作は友達にお願いした。
ドレスで歌い踊りながら登場してくる私のくだりは、なかなかバカバカしいので省略させていただきますが、このとき、友達がクラッカーを鳴らしてくれて(リボン状のアレが出てくる、散らからないクラッカー)、おおっ! となったのだが、スタッフの方が本当に光の速さでリボンを巻き取って片付けてくれたのには驚いた。プロレスの紙テープだってあんなに速く片付けられないと思う。
楽しさのあまり開放的になる筆者
光の速さで回収されたリボンたち
ビール、ワイン、ソフトドリンクが余るほど出され、お料理には資生堂パーラー名物・ミートクロケットが出る。「絶対食べて帰ってね!」と来てくれた友達には言っていたものの、この日、用事があって最後までいられない人が何人かいた。
パーティーの前に「その人たちがお帰りになる前に、ミートクロケットをお出ししてほしいのですが」とお願いすると、「わかりました。温かいお料理も最初の段階でお出しするようにいたします」とのこと。
絶対に食べてほしかったミートクロケット
プロの配慮に感動。おもてなしを感じる料理
肝心のお料理についてだが、私は立食のブッフェスタイルのパーティーで素敵なお料理というのに当たったことがない。なので、まぁ、こう言っては申し訳ないのだが、資生堂パーラーといえども、そこまでではないのでは? と思っていた。
ところが、出てきたのはすごくかわいく盛り付けられたサンドイッチや仔羊ランプ肉のロースト、スモークサーモンやマリネ、ひとつずつ容器に入っている前菜など、取り分けがしやすく、見た目も美しいように考えられていた。デザートのケーキも数種類あり、小さめに切り分けられているのがかわいらしいし、このサイズなら何種類か食べられる。
しかし、パーティーの中盤、スタッフの方がソワソワし始めた。
資生堂パーラーのカレー! いまWebサイトを見たら確かにメニュー例として載っているのだが、あの名物カレーまで食べられるとは知らなかった。もちろん出してもらったのだが、セルフサービスで盛り付ける形式ではなく、お皿に盛り付けた状態で一人ずつに渡してくれる。
お料理に関しては、「食べやすい」「取りやすい」「見た目が汚くなりにくい」「服が汚れる心配がない」「インスタ映えする」など、お味以外でも「よく考えられているな~」と感心することが多かった。
汚れたお皿やグラスもすぐに下げてくれるし、ホール内の見た目が汚い状態にならない。プロのサービスである。2時間は短いかな、と思っていたのに、流れるようにサービスしてもらえるので、私たちはしゃべったり笑ったり写真を撮ったりすることに集中できて、のんびりした時間を過ごすことができた。
ちょっとしたパーティーは意外と身近なものだった
ウエディングドレスを着て歌って踊る筆者
こちらの機材の準備不足や、メイク時間が押してゲネプロができない(やる気だったのか)、手伝ってくれた友人が有能すぎて逆にバイト代を出したほうがよかった、など初めての大掛かりなパーティーゆえの反省点は諸々あったが、会場に入ってきた瞬間、みんな「わー、すごい! 素敵! こんなところがあるんですね!」「夜景も綺麗~」と喜んでくれた。「サンドイッチかわいすぎる」「カレーうますぎる」と結構しっかりお料理も楽しんでくれて、お酒も十分だし、ノンアルコール派の人にもソフトドリンクが数種類あるし、帰り際はみんな、すごく笑顔だった。
素人が主催したパーティーだったけれど、場所とスタッフの皆さんがプロだったおかげで、ものすごく「パーティー感」があったのだ。パーティーということで友人の中にはびびり気味の人もかなりいたのだが(私が人見知りなため、友人も人見知りが多いのです)、その人たちもパーティー見学のような気分で楽しんでくれたと思う。
という話を人にすると、「ええっ、誕生日パーティーって、友達とかが企画してくれるものじゃないんですか!? 雨宮さん、自分の誕生日、自分でやっちゃったんですか!?」と言われたりするのだが、来ていただくんだから自分でやるのは普通だろ! と思うし、パーティーをして、みんなに来てもらったことですごく人生の節目感もあって、個人的にもとてもいい思い出になった。
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何かお祝い事をするとき。特になくても、今すごくいい仕事仲間や友達が周りにいて、大勢でのんびり飲みたいとき。ちょっと凝ったことをしてみたいとき。
それを「パーティー」という形でしてみるのもいいんじゃないだろうか。もちろん、これからの季節、忘年会というビッグな口実があるので、それをもとに集まってもいいと思う。
社交辞令的なもののないパーティーは、本当に楽しい。
※本記事に記載のものは2016年11月時点の情報です
著者:雨宮まみ (あまみや・まみ id:mamiamamiya)
ライター。アダルト雑誌の編集者を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさを描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)をはじめ、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『東京を生きる』(大和書房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)など著書多数。
雨宮まみ「運命のもの、どこで買えますか?」バックナンバー
https://soredoko.jp/archive/category/%E9%9B%A8%E5%AE%AE%E3%81%BE%E3%81%BF%E3%80%8C%E9%81%8B%E5%91%BD%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%AE%E3%80%81%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%A7%E8%B2%B7%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F%E3%80%8D