それどこ

浅草に年2回だけ現れる、幻のアンティーク百貨店 〈雨宮まみ「運命のもの、どこで買えますか?」第1回〉

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ライヲン百貨店と筆者

私は、買い物が好きだ。どのくらい好きかというと、海外旅行に行くとき、最初に覚える言葉が「試着できますか?」だというくらい、好きである。けど、買い物について原稿を書くのは、実はそんなに嬉しくない。

以前、雑誌の企画でカリスマ店員さんの接客を受けて買い物をする、というものがあった。買うか買わないかは自由、ただし買う場合は自腹、というおそろしい企画だった。私はそこで、原稿料の10倍ぐらい、買い物をした。他にも何人かが書くページだったのだが、そんなにやらかしているのは自分だけだった。

わかってくれるだろうか。買い物について書くということは、私にとって、どれだけ赤字なのかに直面するということなのだ。別に高いものを買えと言われているわけではないんだから、普通のものを普通に買えばいい……わかってはいる。が、それができていればこんな状況にあるわけがない。

私は見栄っ張りで、お調子者で、血がたぎりやすい。ものを見て「これは私のためにここにあったのでは?」という運命の出会いを、1ヶ月に何回もしている。こんな人間に、堅実で普通の買い物ができるわけがない。

楽しそう、だけどとめどなく買いそうで怖い魅力的な市

4月、私は友人のイラストレーターのヨネヤマヤヤコさんに誘われて「浅草ライヲン百貨店」というアンティーク市に行った。浅草の雷門の近くにあるライオンビルは、古い洋館好きには有名な建物だ。その中でアンティーク市が行われるのだという。

もう、楽しい予感と悪い予感がビンビンだ。楽しい予感は、かわいいものがたくさんあるんじゃないかという予感。悪い予感は、お金を使いすぎてしまうのではないかという予感である。

周囲のビルと違ったライオンビルの外観

周囲のビルと違ったライオンビルの外観

1Fは、ヴィンテージパーツを使ったアクセサリーなど、オリジナルの商品が中心。その一角に、着物を扱う「やゝとyayaco」というお店があった。私は着物を着ないので、買い物的にここは安全地帯だと思ってちょっと寄ってみたら、なにやらヴィンテージのバッグとか帽子とかがあるではないか。

「ねぇ、ヨネさん、あれ……あれ見て」「あ、あの帽子! かわいい! まみさん似合いそう!」「ちょっとかぶってきていい?」「うん!」。そしてかぶると、「素敵~!」。その声にお店の人が振り向き「まぁ! 今日そのままかぶってこられたみたいにお似合いですよ!  今着てらっしゃる服ともぴったりだし、ヘアスタイルともぴったりですよ」と言ってくれる。

私は今年、ヘッドドレスに興味があって、こういう小さい帽子も気になって仕方がないのである。

「やゝとyayaco」の小さなストローハット

運命を感じた「やゝとyayaco」の小さなストローハット

これを告白するのは勇気が要るが、自分の中に、お姫様願望に近い「女優願望」があって、なんか「女優っぽい」ものを身に着けてみたくてたまらないのだ。いまどきの女優さんより、一昔前のイメージが好きだし、自分がわりと古い顔立ちなので、この手のものがわりと似合うというのもある。

で、似合うと面白い。 何をしてる人なのかまったくわからなくなる。似合うから変ではないのだけど、普通じゃないからなんだか面白いし、自由な気持ちにもなれるのだ。奇抜なファッションが好きだった十代の頃から、実は内面が成長していないのかもしれない。

頭の上にちょこんと乗せるようにしてかぶるストローハット。もちろん日差しなんてよけてくれない、飾りの、遊びの帽子。躊躇したけど心は決まっていた。こんなものとは二度と出会えない。私はこの帽子を買った。

「やゝとyayaco」の着物とバッグと帽子

「やゝとyayaco」の着物とバッグと帽子

1Fでこのテンションの上がりようなので、私たちは「ちょっと落ち着こう」と言い合い、2Fでお弁当を買って、屋上に出て食べながら作戦を練った。食後には、屋上に出店していた「Ocha-Nova」のカフェラテも飲んだ。

「このイベントって、どのくらい続いてるんですか?」とOcha-Novaの方に訊いてみると、「僕は最初のときから参加してるけど、1年に2回、春と秋にやってて、もう4、5回は出てるかな?」とのことだった。

お弁当はおいしく、カフェラテにはラテアートまで施されており、屋上で春の日差しを浴びていると、ああなんだかすごくいいところに来ちゃったなぁ、という気がしてきた。

しかし、勝負はここからだった。

ライオンビルの屋上はカフェスペースに

ライオンビルの屋上はカフェスペースに

思わず吸い寄せられるアンティークのアクセサリー

3F。3Fが個人的には、最もヤバかった。まず、目に飛び込んできたのが「Gypsy antiques」。

私はアンティーク歴も浅く、知識もほとんどないが、アンティークと呼ばれているものにランクがあるのは、これまでいろいろなものを見てきて、少しはわかってきた。ここで扱われているのは、厳選された質の良いものだった。目が離せなくなったのが、ターコイズが埋め込まれた、ダイヤの目を持つ蛇の指輪だった。

ダイヤとターコイズの蛇の指輪

ダイヤとターコイズの蛇の指輪

お値段19万円。金だし、ダイヤだし、デザインも他にない。芸術品のような佇まいで、正当なお値段、むしろこれに対しては安いほうだと言えるお値段だと思う。けど……19万……。出したいが出せない。

思い切れないまま、指輪やバングルを試着させてもらいつつ、アンティークの出物をイギリスで探しているというお二人に、そのものの由来や、どの年代のもので、だから構造がこうなっているのだとか、強度ではこちらがおすすめだとか、ここがこうなっているのが珍しいのだとか、パーツや素材についてアンティークの知識をうかがうのも楽しい時間だった。

どんなに高いものでも、着けて似合わなければあきらめがつくので、こうして惜しげもなく試着させてくれるお店は本当に嬉しい。とても感じの良いお店で、その品のどこがおすすめなのか、長所は説明してくれるけれど、押し付けがましくない。手ごろなお値段のものも普通にあって、立ち寄りやすいのも良かった。

仲の良さそうなGypsy antiquesのお二人

仲の良さそうなGypsy antiquesのお二人

次に立ち寄ったのが「COVIN」。アンティークのボタンからガラス製品、雑貨もアクセサリーも扱うお店で、今度はターコイズのネックレスを見つけてしまった。

私はターコイズが好きなのだが、ターコイズといっても荒削りなデザインでなく、繊細なものが好みで、その気持ちにぴったりな、ターコイズとパールがあしらわれた花の形のネックレスがあったのだ。着けてみると、長さも良いし、チェーンのところどころに小さなパールがあしらわれているのもたまらない。

悩みながら3Fをグルグル2周ぐらいして、「やっぱりさっきの買います!」とカードを出したらカードが使えず、閉店間際で焦りながらコンビニにダッシュしてATMでお金をおろして戻ってくると、「わざわざここまでしてくださるなんて……」とたいそう感激された。

なんとなく、このお店にご縁のようなものを感じて、もうひとつ気になっていた、ルーサイトという素材でできた透明のバングルも一緒に買った。

「COVIN」でターコイズのネックレス

「COVIN」で買ったバングル「COVIN」のお店の様子

「COVIN」で買ったネックレスとバングル、お店の様子

結局、1Fから3Fまで、何往復したかわからない。「やっぱりあれ、もっかい見てきていい?」「わかった、私は3Fのあれを見てくる!」と言い合い、「さっきのどうしよう」「似合ってたよ」「でもお値段は……」「うん……」と話をしつつ、お互いに目当てのものを手に入れて、私たちは「百貨店」を後にした。

興奮した頭をクリームあんみつで冷やしながら、各自戦利品を手に、満足感を味わっていた。

「買い物」とはコミュニケーションで、自分との対話である

いろんなお店を見て、それがどういう品なのか教えてもらったり、あなたにあれ似合うからちょっとあててみてよ、とか友達と言い合ったり、お店の人と話したりするのは、すごく楽しかった。けっこう混雑していたのに、誰もイライラしていなくて、のんびりした空気だったのも、小さな魔法のような場の力が何か、あったような気がする。

かわいいものはたくさんあったし、服などの布ものでも、状態の良いものが多く、全体的に質の良いアンティーク市だったと思う。

私はいろんなものを見ては、ひとつひとつ、「これは好きか」「自分に似合うか」と考えながらも、アンティークなのだから「これまで大切に扱われてきたからこそここまで残っているものを、大切に使えるか」と自分に問うたりしていた。

そこまで考えなくてもいいのかもしれないが、丁寧に品物を並べ、いい加減な売り方をしないお店の方々を見ていると、そういう気持ちになったのだ。

COVINの店頭廊下から店内を覗く

3階の内観イースターエッグ(COVINにて)

ライヲン百貨店の店内

直接そんなことを言われたわけではない。けれど、ものを買うのは、やっぱりひとつのコミュニケーションだと私は思う。売り買いの前後の態度で、どういう姿勢で、どういう手つきでものを扱っているのかわかる。大切に扱われて、大切に売ってくれるもの。それを見ていると、言われなくても「大事にしてやってくださいね」という気持ちが伝わってきたのだった。なんとか、上手に使えるよう、がんばってみたい。

そして、私は「ダイヤモンドの目を持つ蛇の指輪」なんてものが欲しい人間なのだ、そういうものに強い魅力を感じる人間なのだと、この日でよーくわかった。あの指輪を着けていれば、できないことなんか何もないような勇ましい気持ちになれる気がした。同じターコイズとはいえ、お花の形のネックレスとは、ぜんぜん合わなそうな品である。

でも、そういう可憐なものが好きなのも、自分の中の炎を駆り立てるような勇ましいリングが好きなのも、自分であって他の誰でもない。買い物は不思議で、買い物は、ときどき、恐ろしいほどクリアに自分を見せてくれる。

§

いまどき、買い物がそんなに「いいこと」だとは思われてないのは知っている。無駄なものを減らして、無駄なものを買わずに、すっきりした暮らしをして、貯金をして……それが賢い暮らしなのだとみんな知っている。私だってそれが賢いと思う。

でも、私にはできない。「だって、今を生きなくて、いつを生きるの?」。買い物の神様がそう囁いてくる。これが似合うのは今しかないかもしれない。今買わなければ二度と手に入らないかもしれない。あなた以外に、このものの良さに気がつける人がこの世に何人いると思う? 買い物の神様の囁きは、泉のようにこんこんと湧き出ては続き、私を説得してくるのである。

人がものを買うのには理由がある。必ずある。自分の中にそれを欲する理由が必ずある。買い物をたくさんすると、自分というものがわかる。なぜそれを買ったのか考えていると、自分が自分をどういう人間だと思っていて、どうなりたいと願っているのか、切ないくらいわかるときがある。

著者:雨宮まみ (あまみや・まみ id:mamiamamiya)

雨宮まみ

ライター。アダルト雑誌の編集者を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさを描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)をはじめ、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『東京を生きる』(大和書房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)など著書多数。

戦場のガールズ・ライフ @mamiamamiya