こんにちは、樋口直哉です。
作家として文章を書いたり、料理家として料理をつくることを仕事にしているせいか、時々「おいしい料理をつくるために一番、大事なことはなんですか?」と聞かれることがあります。
「上質な食材を選び、注意深く料理をすること」というような当たり前のアドバイスしかできませんが、強いてひとつだけ料理のポイントをあげるなら「塩を適切に使いこなすこと」になるでしょう。
塩は原始的な調味料で、ほぼすべての料理に使われます。人間には5つの基本的な味覚(塩味、甘味、苦味、酸味、うま味)がありますが、塩味を持つ物質は塩だけです。そして、塩はおいしくて、まずいもの。適切な量の塩を使えば料理はおいしくなりますが、入れ過ぎると食べられないからです。
塩には食べ物の風味を強くしたり、苦みを抑えたりする働きもあります。試しに苦いコーヒーに塩をひとつまみ入れてみると、苦みが緩和されることが実感できるでしょう。
さて、百貨店やスーパーに行くと多種多様な塩が売られているので、どんな製品を選んだらいいかわからない、という人も多いのではないでしょうか。
基準がありそうでないのが塩選び。塩を売っている人は「塩を変えれば料理の味が変わる」と言いますが、塩を溶かした水で味見をすると(ぬちまーすや雪塩などの特殊な塩を除き)ほとんど差がわからないはず。なぜなら、塩の味は「形状」によるところが大きいからです。
このあと順を追って詳しく解説していきますが、今回の記事では「塩の味の違い」がどう生まれるのか、そしてどんなふうに料理に生かしていけばよいかを紹介します。
料理に対する僕のスタンスを簡単に紹介しておくと、僕の仕事は「料理自体を研究する」というものです。料理の裏側にあるロジックを理解すれば、料理はずっと面白くなるはず。
▼そんな視点から、以前は「ステーキの焼き方」を紹介しました
ステーキをおいしく焼く理論。料理家・樋口直哉が教える、肉の焼き方「新常識」【保存版】
とても重要な調味料である「塩」についての特性も知っておけば、さらに料理が面白くなるかもしれません。
【塩の味の違い 解説】
塩の味の違いは「溶かすと(ほとんど)わからない」
一般的に粒の大きい塩ほど口の中でゆっくりと溶けるので塩味はまろやかに感じ、逆に粒が小さければ溶けるのが早いので塩味を強く感じます。しかし、煮物のように溶かして使うとこの差はなくなります。
ミネラル分が味に影響する、と主張する方もいるでしょう。たしかに塩化マグネシウムや塩化カリウムには苦味があり、それらの成分は塩の結晶の内部ではなく外側に存在します。そのため、溶かさずに口に入れると舌はまずそれらの味を感じ、塩味を打ち消すので、まるくなったような印象を受けます。
しかし、その影響はやはり溶かしてしまえばなくなります。それらの成分は微量ですし、ましてや料理に使う場合はさらに希釈されるので、他の食材の風味にかき消されてしまうのです。
2001年、イギリスのレザーヘッド・フードリサーチ・アソシエーション(Leatherhead Food Research)という団体が主催した実験では、やはり多くの人は水に溶かしてしまえば塩の味の差を見分けられない、という結果でした。
日本でも食塩とそれ以外の塩を料理に使い、味を比較した実験がありますが、やはりほとんど差はなく、むしろ普通の食塩を使った料理をおいしいと回答した人が多かったのです。
そんなことから私は基本的に「食塩」をオススメしています。溶かして使うのであれば味の差は(ほとんど)わかりませんし、計りやすく、均一に振ることができる点でも優れています。パスタや野菜を茹でたり、煮物に味をつける場合などほとんどの料理に使えますし、なにより安価です。
「食塩」とよく似た製品に「アルペンザルツ」という塩があります。パッケージには岩塩と書いてありますが、この塩は岩塩を一度溶かして、立釜で煮詰め、製塩したもの。
海塩と岩塩という違いはあれども、製法的には日本でいうところの食塩や精製塩と同じで、同様に使えます(固まるのを防ぐために炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムが添加されている関係で、溶かすとまれに濁ることがあります)。
価格的には食塩より高くなりますが、振りやすい容器に入っているので、普段使いには悪くない製品です。
「溶かしたら同じ味と主張するのであれば、溶かして使わない料理――例えば天ぷらや目玉焼き、おにぎりなどでは塩の違いによる影響があるのでは?」
そのとおりかもしれません。
さらに厳密にいえば、溶かして使う場合にも塩の違いは味に影響を及ぼします。一般家庭では気にする必要はないレベルですが、料理の味にこだわるタイプ――いわゆる「沼」にはまった方はささいな違いが気になるかもしれません。
今回はそのあたりを詳しく解説していきます。
塩の味の違いは「粒の大きさ」「味の傾向」で生まれる
塩の種類は国内だけで2,000種類以上とされ、前提となる情報がないまま、宣伝文句だけが広まっている状況です。
そうしたなかで押さえるべき要素は製造工程にともなう「粒の大きさの違い」と、成分によって異なる「味の傾向」です。個人的見解ですが、今回は味の傾向を「さっぱり」「まるみ」「うま味」「特殊」とし、下記のように分類してみました。
用途に応じてこれらを使い分けるときはまず物理的な特性がヒントになります。まとめると以下のようになるでしょう。
【塩の物理的な特性と味への影響】
- 塩は短時間で製塩すると粒が小さくなり、逆にゆっくりと結晶化させると大きな粒になります
- そして前述した通り、塩は溶かさずに使えば粒が大きいほどまろやかに感じ、小さいほどシャープに感じます
- 粒は小さいほど食材にくっつきやすく、早く溶けます
- 溶けやすさは結晶の形によっても違い、食塩のような立方晶(四角い結晶)は上の表の「あらじお」や「粟国の塩」のような凝集晶(結晶同士が結びついたもの)よりもやや溶けにくい、という性質があります
- また、にがり成分(塩化マグネシウム)が多い塩ほど、食材によくくっつきます。にがり成分には吸湿作用があるからです
さっぱり系の塩
標準的な塩(さっぱり系で粒が小さい)
食塩や精製塩、アルペンザルツなどの標準的な食塩です。
よく見ると結晶が均一な大きさで、サイコロ状(立方晶)をしているのがわかります。食塩はさっぱりした味で、あらゆる料理に適しています。
◆オススメの使い方……万能
マルドンシーソルト(さっぱり系で粒が大きい)
次にさっぱり系の中でも、粒が大きい塩としてマルドンシーソルトを挙げました。
マルドンシーソルトはイギリスの南部海岸地方で作られる塩で、結晶は中が空洞になったピラミッド型をしています。
さきほどの食塩とは違い、こちらは平釜で時間をかけて煮詰め、結晶化させるので粒が大きくなるのです。
粒が大きい塩はつまんで量りやすいですし、食べる直前に料理に振りかけるとカリッとした歯ごたえが楽しめます。
◆オススメの使い方……トマトサラダなど
まるみ系の塩
「まるみ」は直接舐めるとまろやかな塩味を感じる製品です。今回、このタイプの製品は「しっとり系」と「フルール・ド・セル」に分類しました。
粟国の塩など(まるみ系でしっとりタイプ)
塩化マグネシウム=にがりが多く含まれているこのタイプはしっとりしているのが特徴です。代表的な塩として「粟国(あぐに)の塩」や「ぬちまーす」(さらに粒が小さいので、表には入れていません)などがあります。
さきほど説明した標準的な塩は短時間で結晶化させることで、四角い結晶を得ましたが、こちらの塩は平釜でゆっくりと製塩されるので、結晶同士が集まった形――この形状を凝集塩といいます――をしています。
このタイプの塩は均等に散らばらず振りにくいので使う際には注意が必要です。
このタイプの塩の長所は「溶けやすく」「(食材に)くっつきやすい」という点(さきほど説明した通り、にがりには吸湿性があるので、食材にくっつきやすいのです)。
溶かさないで使う「つけ塩」は、この塩の味の個性が出やすい使い方。天ぷらやトンカツなどのつけ塩として用いるのがオススメです。
弱点はにがりに由来するクセがあることです。味についてはあくまでも好みの問題になりますが、個性が強いので青魚――例えばブリやサバの塩焼き――などには向いていますが、上品な味の白身魚、あるいはステーキなど素材に味があり、クセが少ないものには適さないか、と思います。
ちなみに特ににがりが多い塩の場合、溶かすと塩化マグネシウムに由来する苦みを感じます。あくまで個人の嗜好ですが、ごく少量の苦みは料理にコクを与えるため、この味を好む方もいます。
◆オススメの使い方……天ぷらやトンカツのつけ塩
フルール・ド・セル(まるみ系で粒が大きい)
フランス生まれの「フルール・ド・セル」はフランスで作られる塩の最高級品。塩田の表面にできる結晶で、沈む前にそっと表面からかき集めます。
やはり、ピラミッド型の結晶をしているため、食べる直前に振りかけると快く弾けて、塩味が広がります。
同じ大粒のマルドンシーソルトとは違って塩化マグネシウム含有量(=にがり)が多めなので、口に入れるとまろやかな印象を受けるでしょう。
ただ、溶かしてしまえばその特性は失われるので、野菜を茹でたり、煮物にしたりといった調理にこの塩を使うのはあまり意味がありません。
なお、フルール・ド・セルには「独特の風味を加える微量の藻類やその他の成分が含まれる」と言われていますが、調理科学の教典とも言える『マギー キッチンサイエンス』によると「その可能性はある」が「海水塩の芳香に関する研究は今のところあまり行われていない」とのこと。
今後、なにかわかってくるかもしれませんが、前述の実験によると溶かしたフルール・ド・セルと食塩の味の差をわかる人はほとんどいなかったので、やはり溶かさないで使うのが賢明です。
◆オススメの使い方……目玉焼き
うま味系の塩
うま味系の製品はずばり「塩以外の成分が添加されている塩」を指します。そもそも塩ではない成分が添加されているため、溶かしても溶かさなくても明確に味が異なります。
このタイプの塩の代表は、うま味成分であるグルタミン酸ナトリウムを添加した味の素の「アジシオ」で、うま味系の味が好きな人にオススメです。
ろく助の白塩と海人の藻塩(旨味成分を添加したうま味系)
これらの塩は旨味が少ない素材にあわせたときに特に力を発揮します。例えばゆで卵に味付けするのに最適ですし、塩おにぎりなどにも向いています。
ただ、うまみ系の塩で味付けすると料理の味が似通ってしまう、後味がくどくなる、というデメリットがあるので、使いすぎには注意が必要です。焼き鳥などシンプルさを強調したい料理に、あくまでピンポイントで使うようにしましょう。
焼き鳥屋さんが開発したろく助の白塩は昆布と椎茸の旨味を加えた塩です。塩の粒が非常に細かく、サラサラとして振りやすいのが特徴。
海藻(ホンダワラなど)が混ざっている「海人の藻塩(あまびとのもしお)」もうまみ系の製品です。フルール・ド・セルとは違って、こちらは海藻がそのまま入っているので、その風味がダイレクトに料理に加わります。例えば塩むすびと合わせると個性がより引き立つでしょう。
◆オススメの使い方……塩むすび、塩味の焼き鳥
特殊系の塩
最後の特殊系というのはいわゆる「減塩系」の塩です。減塩系の塩は塩化ナトリウム以外の成分として塩化カリウムが配合されています。
塩分上手(塩化カリウム添加の特殊系)
かつては「塩化カリウム濃度が20%を超えると味が悪くなる」とされていましたが、最近では「塩分上手」など味のバランスのとれた塩が登場しています。また、少量のカリウムは料理の味を引き立てると言われています。
この塩を使うと面白い実験ができます。
お湯にうま味調味料(味の素)を少量溶かして味見をしてください。のっぺりとしたうま味が口に広がるだけであまりおいしくは感じないはずです。そこに塩化カリウム添加塩を少量加えてみてください。味見をすると驚くべきことに「昆布だし」のような味が口に広がるはずです! 昆布を使っていないのに、本当の昆布だしのような風味がして、面白いですよ。
昆布のうま味成分はグルタミン酸ですが、グルタミン酸ナトリウム溶液の味とはかけ離れています。実は昆布だしの昆布だしらしさにはナトリウムとカリウムが関与しているため*1グルタミン酸溶液にカリウム添加食塩を加えると昆布だしのような味わいが生まれるのです。
つまり、料理に使っただしが薄いと感じられたときに塩化カリウムの多い塩で味をつけると風味を強くできる、ということでもあります。
冒頭に塩の味の違いは「溶かすと(ほとんど)わからない」と書きましたが、なかには例外もあるのです。
◆オススメの使い方……昆布だしの風味を強化したい汁物など
食塩と「粒の大きい塩」を用意するのがオススメ
現実的には一般家庭で塩を何種類も揃えることは難しいでしょう。基本となる食塩を用意し、それに一つプラスするのが賢い楽しみ方になります。
具体的には、食塩は粒が小さくさっぱりしているので、それとは特徴の異なるもの、すなわちフルール・ド・セルやマルドンシーソルトのような粒の大きい塩を用意し、料理の仕上げに振りかける使い方がオススメです。
最後に。料理の味は塩の種類ではなく、ほとんどがその量で決まります。さきほどの塩化マグネシウムや塩化カリウムによる味の影響にこだわるよりも、適切な塩加減に注意したほうがよっぽど料理上手になれます。
にがりの多いベタついた塩は均等に振れず、量の調整も効かないので、その場合は最初からサラサラの食塩を使ったほうが成功確率は上がります。
食材の仕上げに振る場合は粒の大きい塩のほうがつまみやすく、味も決まりやすいでしょう。
メリットがあればデメリットがある。それが料理の世界なのです。
ここではいくつかオススメの使い方をご紹介しましたが、もちろん決まりはありません。あくまで塩は塩。幸いなことに塩には賞味期限もなく*2、残って困るようなこともないので、気軽に試せばいいのです。
調味料のなかでも塩ほど重要なものはなく、ひとつまみの塩を加えるだけで料理の味が劇的に変わることもあります。だからこそ、料理は面白いのです。
著者:樋口直哉
作家・料理家。主な著作に小説『スープの国のお姫様』(小学館)、ノンフィクション『おいしいものには理由がある』(角川書店)、料理本『最高のおにぎりの作り方』(KADOKAWA)など。
note:TravelingFoodLab.
Twitter:@naoya_foodlab
参考文献
『料理の科学』(ロバート・ウォルク著・楽工社)
『マギーキッチンサイエンス』(ハロルドマギー著)
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