こんにちは。醤油研究家として醤油に関するブログや『醤油手帖』という本を書いている、杉村啓といいます。
実は醤油などの調味料だけでなく、お酒にまつわる本もたくさん書かせていただいています。原作を担当したマンガ『白熱日本酒教室』(講談社)は無事完結し、最終巻となる第3巻が2019年10月に発売されました。
今回、ぜひとも「甘口の日本酒」を紹介してほしいという依頼を受けました。
ですが、これがとても難しい問題なのです。「飲んで甘かったら甘口でしょう?」と思う人も多いかもしれませんが、なかなかそうも言えないのが日本酒の「甘口」「辛口」問題なのです。
そんな一筋縄ではいかない甘口・辛口問題の解説と、「甘口」のおいしいオススメ銘柄を紹介します。
甘口の日本酒は料理と合わせるというより、単体や軽いおつまみでゆっくりと飲むのに適しています。すっきりと飲みやすいタイプも多いので、この機会にぜひ一度飲んでみてはどうでしょうか。
いずれも通販で購入できる銘柄を紹介しているので、ぜひ参考にしてみてください。
【もくじ】
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日本酒の「甘口」「辛口」をマンガで解説します
というわけで、分かりやすく説明するためにも、まずは以下の漫画を読んでみてください。
私が原作担当した『白熱日本酒教室』より抜粋です(ちなみに『白熱日本酒教室』はWebで全部読めますし、単行本が全3巻大好評発売中です)。
Web掲載版(全部無料で読めます)
『白熱日本酒教室』アザミユウコ 原作/杉村啓 | ツイ4 | 最前線
日本酒の「甘口」は日本酒度・酸度・香りで決まる
ここで、ちょっと漫画の要点をまとめてみましょう。
- 日本酒に辛くなる要素(唐辛子など)はなく、味わいは基本的には「甘い」「甘くない」で分けられる
(つまり日本酒の「辛口」=「甘くない(Dry)」) - 日本酒はお米のでんぷんを糖分にし、その糖分が発酵でアルコールになる
- 糖分の含有量は「日本酒度」という数値で表せて、「-(マイナス)」になるほど糖分が多い
- 糖分が多ければ「甘口」というわけではなく、「酸」や「香り」も味わいに影響を与える
つまり、お酒は発酵の途中で飲むとまだ糖分が残っていて「甘く」、完全に発酵を進めると糖分が少なくなって「辛く(甘くない)」なる傾向があります。
そこで、糖分がどれぐらい入っているかを表す「日本酒度」を参考にするのですが、それだけで味が決まるほど簡単なものではありません。「酸」や「香り」の組み合わせによって、甘く感じたりも辛く感じたりもするのです。
さらに、同じものを飲んでも「甘い」「辛い」は人によって感じ方が異なります。例えば、同じカレーを食べても、辛いものが好きな人は「甘口」と言うし、辛いものが苦手な人は「辛口」と言うことがあるでしょう。
同様に、全く同じ日本酒でも人によって「甘い」「辛い」が変わってくるのです。特に、香りが甘くて味わいが辛口、みたいなお酒は難しいですよね。
「じゃあどうやって選んだらいいの?」と思われそうですよね。
ただ、数値は絶対ではないけれども参考にはなるということで、通販サイトなどのガイドを参考にするのは良いと思います。
例えば、楽天市場で「日本酒」を検索すると「日本酒の味わい」という分類でお酒を探せるようになっています。大辛口~大甘口まで分かれており、好みによって銘柄を探せます。
ここにあるのはあくまで「日本酒度の数値を参考にした分類」です。でも、「大甘口」のところにあるのが実はめちゃめちゃ辛口のお酒、ということはほとんどないのですね。なので、参考にはなるというわけです。
今回は「やや甘口のお酒」「甘口のお酒」「大甘口のお酒」から、特にオススメしたいものをピックアップし、「飲んでみると結構甘いよ」とか、「少しスッキリしているよ」とか、私が実際に飲んだ感想を紹介していきます。
ただし「日本酒度」を公開していないお酒もあります(ラベル等にも記載されていません)。あくまで分類は上記の検索結果ベースであること、下記のお酒の数値はラベルに書かれているだけでなく、Webサイトに記載されている情報を転記したものもあることをご了承ください。
やや甘口のお酒の紹介(日本酒度 -1.5〜-3.4)
甘さはしっかりあるけど甘すぎない、甘口の日本酒の入門として最適なのがこのタイプです。
華鳩(はなはと) 貴醸酒ブレンド にごり酒(広島県/榎酒造株式会社)
「貴醸酒(きじょうしゅ)」という、お酒を造るときの仕込み水に、水だけではなく日本酒を加える、いわば日本酒で日本酒を造る贅沢なお酒があります。このようにして造ると、今まさに醸しているお酒の風味に仕込みのお酒の風味が重なり、とても濃醇で甘口のお酒になるのです。
その「貴醸酒」を日本酒にブレンドしたにごり酒です。販売しているリカーズという会社が榎酒造という蔵元に頼んで特別に造ってもらったものになります。「貴醸酒」そのものよりはすっきりとした後味ですが、トロッとした濃い甘さ。「やや甘口」に分類されているものの、甘口に近い味わいです。
- アルコール度数:16度
- 日本酒度:非公開
- 酸度:非公開
風の森 純米 秋津穂65磨き しぼり華 無濾過生酒(奈良県/油長酒造株式会社)
しぼりたてを瓶に詰めているので炭酸感が強く、爆発するとまではいかないのですが「開栓後の保存は瓶を立てて冷蔵願います」と書かれているぐらい発泡力があります。
通販で購入したら、1日か2日は冷蔵庫に立てて安静にしておくのをオススメします。
フレッシュでほんのり甘い香り、まろやかなコクと甘味、そして旨味を兼ね備えたお酒です。香りが甘めなので、数値以上に甘く感じる人はいるかもしれません。
中硬水から軟水で造られることが多い日本酒の中でも、深く掘った井戸からとった超硬水を使っているのも特徴です。どれぐらい発酵させたのか、「発酵日数」や水の硬度がラベルに記載されているのも面白いですね。
- アルコール度数:17度
- 日本酒度:非公開
- 酸度:非公開
天吹(あまぶき)純米吟醸 いちご酵母 生(佐賀県/天吹酒造合資会社)
ほぼ全てのお酒は「酵母が発酵によって糖分を分解し、アルコールと二酸化炭素にする」ことで造られます。
ビールだったら麦のでんぷんを糖に変えた麦芽、ワインだったらブドウの糖分をそのまま酵母が発酵させています。日本酒は、お米のでんぷんを麹菌が糖分にし、それを酵母がアルコールにしているのです。ちなみに、焼酎やウイスキーなどの蒸留酒は酵母の力でできたお酒をさらに蒸留して造ります。
日本酒を発酵させる要となる酵母には、おいしいお酒を造り出せるものを選りすぐり、進化させてきたものがあります。こういった酵母をまとめて「清酒酵母」と呼ぶのですが、実はそこらの自然にいる酵母でもお酒を造ることができます。
この「天吹(あまぶき) 純米吟醸 いちご酵母」は、イチゴの花から採取した「花酵母」を使って醸されたお酒です。イチゴの味がするというわけではないのですが、花を思わせる甘い香りと、主張しすぎないコクと甘味、雑味の少ない綺麗な後味と、飲みやすい日本酒です。やや甘口のお酒という分類にもぴったりですね。
余談ですが、2010年末の紅白歌合戦でアイドルグループ「嵐」の大野智さんが酒造りをしているシーンが流れたのですが、そのときに醸していたお酒がこのお酒だったりします。
- アルコール度数:16度
- 日本酒度:+2
- 酸度:1.6
甘口のお酒の紹介(日本酒度-3.5〜-5.9)
単体で飲んでもいいし、食事と一緒に食中酒として飲んでもいいのがこのタイプのお酒です。
灘菊(なだぎく)純米 甘口うすにごり(兵庫県/灘菊酒造株式会社)
兵庫県姫路市にある灘菊酒造の純米うすにごり酒です。地元にある姫路城にたなびく春霞をイメージしたのだとか。
やさしい口当たりで、ほんのりと甘さとコクがあり、するすると飲めてしまいます。この喉越しのスムーズさは、さわやかな酸味があるからでしょうか。後味がキレるので、食中酒としても楽しめます。
ただ、酸味のおかげか、日本酒度の数値ほどは甘く感じません。どちらかというと、「やや甘口」という感覚になりそうです。ここが日本酒の面白いところでもありますね。
- アルコール度数:15度
- 日本酒度:-5
- 酸度:非公開
東光(とうこう)出羽の里(でわのさと)純米吟醸原酒(山形県/株式会社小嶋総本店)
熟したリンゴのように濃厚でフルーティーな甘味を持ちながら、スッと綺麗に抜けていきます。おちょこではなくワイングラスで飲むと、よりいっそう華やかな香りを感じられます。「ワイングラスでおいしい日本酒アワード金賞」を受賞しているのもポイントですね。
ちなみに「出羽の里」はお酒の名前ではなく、お米の名前です。山形県が開発した酒造好適米(お酒造りに適したお米)のこと。最近では、「山田錦」や「雄町」といった全国的に使われているお米だけでなく、県が新たに開発したお米によるお酒も登場していますので、ここに注目してみるのも面白いですよ。
- アルコール度数:17度
- 日本酒度:-4
- 酸度:1.5
ヤマサン正宗 萌(もえ)純米生原酒(島根県/株式会社酒持田本店)
シンプルな一文字と、うすくにごった瓶(お酒はにごっていません)がかわいい「萌」。心地よい、イチゴのようなさわやかで甘い香りの純米酒です。
きっちりと数字通りの「甘口」のお酒という感じです。でも後に残る甘さではなく、綺麗な酸とコク、そして少しの苦味によってスッキリとした飲み口。やわらかな口当たりとこの後味で、料理にも合わせたくなります。今回は冷やして飲みましたが、温めて飲んでも良さそうです。
- アルコール度数:17度
- 日本酒度:-3.5
- 酸度:非公開
春鹿(はるしか)立春からの贈り物 2019(奈良県/株式会社今西清兵衛商店)
ラベルをよく読むと「二百十日熟成」と書いてあります。実はこのお酒は「立春朝搾り」を210日の間熟成させたお酒なのです。
「立春朝搾り」は日本酒版ボジョレーヌーボーとも言うべきお酒で、立春(2月4日頃)の朝に搾ったお酒を、手伝いにきた酒屋さんが受け取ってそのまま店頭に並べるという、できたて新鮮そのもののお酒です。それをあえて生酒のまま-5℃で210日間、秋まで熟成させ、円熟味を増したのがこの「立春からの贈り物」です。
ゆっくりと寝かせたおかげで、口当たりはトロッとしていてまろやか。十分すぎるコクと旨味を持った濃厚なお酒で、しっかりとした甘味が感じられます。
※限定のお酒なので、見かけたら売り切れる前に確保しておくといいかもしれません。
- アルコール度数:17度
- 日本酒度:-5
- 酸度:1.6
大甘口のお酒の紹介(日本酒度 -6.0以下)
どちらかというと「デザート」や「食前酒」として、単体で飲むのに適しているのがこのタイプです。
来福(らいふく)Mellow(茨城県/来福酒造株式会社)
仕込み水の一部に純米酒を使っている「貴醸酒」と同じタイプのお酒です。こちらは火入れ(加熱殺菌)をしていない「生」酒なのが特徴です。フレッシュでフルーティーな香りと、透明感のある甘みを楽しめます。
しっかりと甘く、冷やしたりロックにして飲むのがオススメですが、意外と燗酒にしても楽しめます。温めると苦味が少し出てきて、膨らんだ甘味とバランスをとってくれるのです。興味のある人は一度試してみてください。
- アルコール度数:15度
- 日本酒度:非公開
- 酸度:非公開
讃岐くらうでぃ(香川県/川鶴酒造株式会社)
「讃岐くらうでぃ」はアルコール度数6%の低アルコール日本酒です。白くにごっている(沈殿物はほとんどありません)のと、さわやかな酸味、しっかりとした甘味による甘酸っぱさは、まさに大人のカルピス。なんと日本酒度は-70で、糖分が多く残っています。
もともとが香川県のご当地グルメ「骨付き鶏」に合うよう造られていたこともあり、肉料理やスパイシーな料理と相性バッチリです。でも一番はジョッキに入れて、氷を浮かべてゴクゴク飲むのがオススメ! やみつきになりますよ!
- アルコール度数:6度
- 日本酒度:-70
- 酸度:5
越乃白雁(こしのはくがん)純米吟醸 SWEET(新潟県/中川酒造株式会社)
日本酒度-21と、こちらもかなり糖分が残っている「越乃白雁(こしのはくがん) 純米吟醸 SWEET」。その名の通り、一口飲めば口の中に濃醇な甘さが広がります。
これだけ甘いにもかかわらず、後に残るような甘さではなく、綺麗な甘さの余韻が広がっていくのは酸とのバランスが良いからでしょう。どちらかというと食前酒というよりは、食後にこれを飲んでゆっくりリラックスするのがオススメです。
- アルコール度数:15度
- 日本酒度:-21
- 酸度:2
「甘口の日本酒」と聞くと、少しベタベタしたタイプの後に残るようなお酒を想像している人も多いかもしれません。でも、最近の醸造技術の発達によって、酸とのバランスをうまくとり、嫌な残り方をしないお酒が多くなっています。
まだ甘口の日本酒を飲んだことがないという人も、この機会にぜひ一度飲んでみてはどうでしょうか。
こちらも口に合うかもしれません
著者:杉村啓
醤油やお酒といった発酵や調味料をこよなく愛するライター。愛称(?)は「むむ先生」。おいしいお酒やおもしろいお酒の情報を聞きつけると現れたりします。最近では京都の街をふらふらと「いけず石」を求めてさまよっていたりもします。良い「いけず石」を見かけたらぜひご一報を。近著に『白熱日本酒教室』(星海社/漫画版全3巻/新書)、『グルメ漫画50年史』(星海社)、『醬油手帖』(河出書房新社)など。Twitter :https://twitter.com/mu_mu_ ブログ :醤油手帖