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マンガほど“おトク”な娯楽はない! 女子マンガ研究家が選ぶおすすめ作品たち

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おすすめの少女マンガ

女子マンガ研究家の小田真琴です。おもに女性誌や、ごくたまにテレビでも、おすすめの女子マンガを紹介したりしています。

「女子マンガとはなんぞや?」なんてよく尋ねられるのですが、ざっくりと「大人の女性の鑑賞に耐え得るマンガ」であれば、全て女子マンガと呼んで差し支えないものとしています。ですから少女マンガはもちろんのこと、一般的には青少年マンガに分類されるものの中にも女子マンガ的な作品はありますから、あまり難しく考えないでくださいませ。

では、なぜ男である私が皆さんに女子マンガをご紹介するようなお仕事をしているのかと言うと、あれは高校時代のことだったでしょうか。クラスで出回っていた『ガラスの仮面』(白泉社)や『日出処の天子』(白泉社)を読んで、女子マンガ/少女マンガの魅力にすっかりやられてしまったのがきっかけです。

しかしこの時点で私はすでにミドルティーン。『りぼん』や『なかよし』、『別冊マーガレット』を読んできた同世代の女性と比べると、少女マンガ/女子マンガに関する知識量、読書量において、大変な遅れをとっていました。挽回するべく、私はある作戦に打って出ます。

たしか「なんとかフランス」とかいう商品名だったと思うのですが、高校の購買部にそんな名前のパンが売っていました。お値段たったの100円。その小さなバゲットは、クラスト(パン外側の焼き色部分、外皮)はゴムのように噛み切りづらく、クラム(パンの中身)はすっかり乾いてモソモソとしていて、かろうじて切り込みにサンドされたチョコレートクリームと練乳の甘みで食べられるものの、総体的にはフランス人だったら激怒するだろうなあという代物で、食べ応え以外に褒めるところのないパンではありました。

しかしそれをあの頃の私は唯々諾々(いいだくだく)と毎日食べていたのです。なぜか? 親からは1日500円の昼食代をもらっていた私は、「なんとかフランス」1本でランチタイムをやり過ごし、残った400円で帰り道にマンガを買って帰っていたからです。

「なんとかフランス」を食べ続けたことも、古本屋さんで背表紙の色が褪せたマーガレットコミックスやぶ〜けコミックスを買いあさったことも、今となっては良い思い出です。そればかりか、そうして買い集めたマンガたちを、今も普通に読み返しているという事実に我ながら驚きます。

あれからもう四半世紀ほどの時が流れているというのに、ほんの数百円で購入したマンガたちは、今なお私を楽しませてくれているのです。ありがとうマンガ、ありがとう「なんとかフランス」!

金額以上の価値をその商品に見出したとき、人は感動します。そうすると私は面白いマンガを読む度に、作品そのものに感動し、そしてまたそのコストパフォーマンスの良さに感動していることになります。一石二鳥とはまさにこのこと。「マンガほどおトクな娯楽はない」と、マンガ至上主義者の私は思うのです。

今回はそんな“おトクな”女子マンガ/少女マンガ、そしてお金や買い物について考える女子マンガ/少女マンガ作品をご紹介。1冊あたりほんの数百円から千円ちょっとですから、騙されたと思ってぜひぜひ読んでみてください。

値段以上の価値がある、“おトクな”女子マンガ/少女マンガ3選

【1】たった5冊に300年の時空を閉じ込める! 圧倒的名作『ポーの一族』の凄み

萩尾望都『ポーの一族』全5巻(小学館)
萩尾望都『ポーの一族』全5巻(小学館)

今さら私なんぞがおすすめするのもおこがましい歴史的名作です。著者・萩尾望都先生の監修のもと、生原稿からスキャンし直した『ポーの一族 プレミアムエディション』全2巻(小学館)が2019年2月26日に発売されますので、これを機会に未読の方もぜひお読みください。

むしろまだ読んでいない人がうらやましいくらいです。今からあの圧倒的な作品世界をまっさらな状態で味わえるなんて!

永遠に老いることのないバンパネラ(吸血鬼)の少年、エドガーとアランを描いたこの物語は、その美しさも相まって、全編に渡り悲しみと憂いの色をまとっています。その絶望的な孤独を、20歳そこそこの萩尾望都先生は見事に描き上げました。これぞまさに天才のワザ。

その凄さを表す「グレンスミスの呪い」という言葉があります。

「グレンスミス」は本作に登場する重要人物の1人。その一生を描いた「グレンスミスの日記」という一編を、大の萩尾ファンであるマンガ家の今市子先生は、長いこと70ページほどの中編だと思い込んでいました。

ところが改めて数えてみると、なんと24ページしかない。「たった24ページで人の一生を描けるなんて!」と感嘆し、また恐怖した今先生は、以来「24」という数字を極度に恐れるようになり、その様子を見た周囲の人たちから「グレンスミスの呪い」と呼ばれるようになったそうです。

『ポーの一族』は、フラワーコミックスにしてたったの5巻にしかなりませんが、その密度たるや他の追随を許しません。何しろ300年にも渡るバンパネラ一族の物語を詰め込んでいるのですから、むべなるかなです。一編一編の完成度の高さ、シリーズ全体の完璧な構成、そして絵の美しさ。少女マンガの最高峰がここにはあります。ほんの数千円で味わえる無限にも近い時空の旅を、どうぞご堪能ください。

【2】人間関係の綾を描く、名手・高浜寛の濃密な短編マンガの世界

高浜寛『SAD GiRL』(リイド社) 『凪渡り 及びその他の短篇』(河出書房新社)
高浜寛『SAD GiRL』(リイド社)/『凪渡り 及びその他の短篇』(河出書房新社)

商業マンガにおいてはどうしても長編作品が優先されがちで、短編作品は新人の習作や雑誌の埋め草のように扱われがちですが、実は作家の技量の差が出るのは短編マンガのほう。フランスでも活躍する高浜寛先生の短編群は、世界中で高い評価を受けるワールドクラスのクオリティなのです。

現時点での最新短編集『SAD GiRL』の表題作は、睡眠導入剤の過剰摂取により病院に救急搬送された主婦・村上詩織の奇妙な放浪の旅を描きます。

家を出て、友人やかつての恋人の部屋に転がり込んでは、その度により深い泥沼にはまり込む詩織。やがて逃げ道を失った彼女は、ついに何よりも忌み嫌っていた実家へと帰るのですが、そこには相も変わらずカルト宗教に熱中する過干渉な母親がいるだけでした。

詩織の冒険は悲劇的かつ喜劇的な結末を迎えます。が、物語はさらにそこから二転三転。あとは実際に読んでいただくとして、わずか80ページほどの作品とは思えないほど、その読書体験は強烈です。

何も終わってはいませんし、何も解決しません。しかしこの先にあるのは間違いなく希望。「生きていこう。まるで一度も挫折したことがないかのように」──『SAD GiRL』は、絶望のどん底からかすかに仰ぎ見える一筋の光を描いた、世にも美しい作品です。

旧刊では『凪渡り 及びその他の短篇』(河出書房新社)も大好きな1冊。女と男の関係性の綾を、「水」のイメージを絡ませつつ描いた連作集です。

中でも「水いらず」はテクニカルで、しみじみとした感動と驚きに満ちた一編。ひなびた温泉宿を訪れたいかにも訳ありなカップル。どうやらこの旅を最後に別れるようなのですが……。たった24ページの中に2人がたどって来たであろう、複雑な関係が見え隠れします。

そこに描かれたもの以外に「描かれなかったもの」をも読む者に感じさせる作品が好きです。優れた短編マンガにはそんな奥行きが必ずあって、ページ数以上の感動を読者に与えます。そうした点においてとってもおトクな短編マンガ、たまにはいかがでしょうか?

【3】マンガなら千円ちょっとで世界を旅することだってできる!

市川ラク『わたし今、トルコです。』『イスタンブールには、なんで余裕があるのかな』(KADOKAWA)
市川ラク『わたし今、トルコです。』『イスタンブールには、なんで余裕があるのかな。』(ともにKADOKAWA)

どうやらトルコには女性マンガ家を引きつける何かがあるようで、20年以上も続く人気エッセイシリーズ『トルコで私も考えた』の高橋由佳利先生は言うに及ばず、今回ご紹介する『わたし今、トルコです。』『イスタンブールには、なんで余裕があるのかな』(ともにKADOKAWA)を描いた市川ラク先生もまた、トルコに魅せられた女性マンガ家の1人です。

トルコ料理店を舞台とした長編デビュー作の『白い街の夜たち』(KADOKAWA)を描き終えた市川先生は、2015年からイスタンブールに移住。その様子をマンガにして描き始めたのでした。

折しもトルコは政情不安の真っ只中。ロシア大使が暗殺されたり、クーデーターが起きたり、波乱の展開を予感させますが、概ね日々は平穏に流れ、人々は恋をしたり、おいしいものを食べたりして、楽しく暮らしているようです。

そこに描かれるのは市井の人々のリアルな姿。少し呑気で、でもいざとなれば急病人を皆で協力して介抱する優しさを持ったトルコの人々の様子が、生き生きと描かれます。それは市川先生が、旅行者ではなく居住者としての視点を獲得したからこそできる表現です。

トルコの良いところも悪いところも、フラットに、しかし面白く描けるのは市川先生の比較文化的な視点とユーモアのセンスがあってこそ。読む者はいつの間にか自分がイスタンブールの住民であるかのように錯覚することでしょう。マンガならばほんの千円程度で夢の海外移住が実現してしまうのです。

ちなみに、日本ではトルコが親日国であると盛んに喧伝されていますが、本作によると、実はそこまで大層なものではなく、日本の位置や言語もよく知らない人が大半だとか。現地からの生きた情報はやはり貴重なものですね。

お金や買い物について考える女子マンガ/少女マンガ2選

【4】先立つものがなければマンガも読めない! 「働くこと」の意味をふんわりと問う知られざる名作

関根美有『白エリと青エリ』(タバブックス)
関根美有『白エリと青エリ』(タバブックス)

では、そんなにも楽しいマンガを買うための「お金」は、どうやって生み出されていくのでしょう。たいていの場合は働いた対価として得た給料やバイト代がその原資となっているはずです。

本作は緩めの画風とは裏腹に、主人公の高校1年生・エリとその家族の姿を通じて、働くことの意味を考える「労働系大家族マンガ」。例えば旅行代理店に勤めるエリの姉はこう言います。

「苦労して手に入れたお金はムダづかいできないものなのよ」

しかしエリはこう思うのでした。

「ムダづかいできないのなら働く意味がないわ!」

どちらも正しいのです。苦労して手に入れたお金はもちろん大切なものですし、その大切なお金で買うものは何であろうとムダであるわけがないでしょうし、そしてムダづかいしなければ本当に大切なお金の使い方は分からないものであるからです。

子どもの頃、親が言う「ムダづかい」には、マンガを買うことも含まれていたことでしょう。しかしこうしてマンガにまつわる原稿を書いて、お金を頂戴する身となった今では、少なくともムダづかいではなかったよなと、ふと思うのでした。

働く人はもちろん、将来働きたいと思っている子どもたちにも、ぜひ読んでもらいたい傑作です。

【5】人生最大の買い物、「家」を買うまでを描く21世紀の名作

池辺葵『プリンセスメゾン』全6巻(小学館)
池辺葵『プリンセスメゾン』全6巻(小学館)

「家を買うのに、自分以外の誰の心もいらないんですから」

東京に1人で暮らして、居酒屋で働く沼ちゃんの夢は、マンションを買うこと。決して多いとは言えない収入で、周囲の人からは無理なんじゃないかと言われたりもしましたが、真面目に働き、真面目に物件を探して、そして遂に──。

方々でオススメしてきた大大大好きな作品『プリンセスメゾン』がこの度めでたく完結いたしました。これを機により一層多くの人に読んでいただきたい、21世紀の名作であります。

この作品には主人公・沼ちゃん以外にも、数多くのキャラクターが登場します。池辺先生はその1人1人に、彼女ら/彼らのための“家”を描いてきました。『プリンセスメゾン』とは老若男女、どんな境遇の人にも、あなたはここにいていいんだよ、あなたは自由だよと、それぞれに相応しい居場所を作り出すマンガだったのです。そのために全6巻という巻数は必然だったことでしょう。

忘れられない印象的なエピソードがいくつもあります。第5話「ファミリー向け物件」。主役は大きなマンションの一室に、1人で暮らすベテラン女性マンガ家さん。老いてもなお仕事の依頼は尽きることなく、精力的に働き続けている様子です。

そんな彼女の密かな楽しみは、ベランダでコーヒーを飲みながら、まわりの部屋の家族の声を聞くこと。「お姉ちゃん私のモンブランとったー!」「こら、待ちなさい!」「お父さんお帰りー!」……ここではまるでマンション全体が、大きな1つの家族のようです。

優しいだけでなく厳しさもあるマンガでした。第7話「土地にこだわらない物件」に登場するバリキャリ女性が、1人の寝室で見せた虚無の表情。第10話「憧れのライフスタイル」に登場するフードコーディネーターの女性がふと漏らした「私、いつ死ねるんだろう」という言葉。しかしそれもこれも、家の中だからこそできる表情であり、つぶやける言葉です。人の絶望をも、家は優しく包み込みます。

沼ちゃんが手に入れたものは果たして何だったのでしょうか。自由? 幸せ? 努力の対価? もしかしたらその全てだったかもしれません。多くの人にとって、家こそがおそらく人生でもっとも高価な買い物であるでしょう。そこにはこれまでの人生の全てが表れるはずです。その買い物が、どうかあなたに幸せをもたらすものでありますように。

著者:小田真琴

小田真琴女子マンガ研究家。1977年生まれ。「マツコの知らない世界」に出演するなど、テレビ、雑誌、ウェブなどで少女/女子マンガを紹介。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている。
Blog:女子マンガの手帖

※2019年2月25日19:45ごろ、記事の一部を修正しました。ご指摘ありがとうございました。

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