年々世界的にオタ活・推し活の市場規模が広がりをみせています。中でもアニメツーリズム(いわゆる「聖地巡礼」)においても、日本人だけでなく海外からの旅行者が増加傾向にあるようです。
推しの作品や推しのキャラクターがいる世界に行ってみたい!という気持ちは世界共通。ということで、今回は推し活やオタ活の市場規模からアニメツーリズムがもたらす経済効果について『オタクと推しの経済学』の著者である京都橘大学の牧和生先生に伺いました。
お話を聞いた人:牧和生さん
京都橘大学経済学部経済学科准教授。専門は理論経済学、文化経済学、行動経済学、ホスピタリティ論、現代アニメ文化論など。経済学は人間学であるという視点から、アニメやサブカルチャー、オタク文化を学術的に捉え、さまざまな価値観を持つ他者との共存・共栄の可能性と経済学のあるべき姿について精力的に研究。
ーー牧先生が経済学とアニメの研究を始められたきっかけについて教えてください。
牧和生先生(以下、牧先生):中学生の頃に、『ラブひな』というアニメに出会ったことが大きなきっかけですね。これまでのアニメとは違って、等身大のキャラクターたちが織り成す、リアルな物語に驚きました。浪人生や高校生を描いた作品だったんですが、それが子ども時代に見ていたバトル系アニメとは全然違う新鮮なもので、どんどん引き込まれました。
高校生になると、アニメ制作の裏側や声優にも興味を持つようになり、大学では東京でアニメの勉強をしようと思っていたんですが、うまくいかず。夢を諦めて、経済学部に進学したんです。
ただ、経済学の講義を受けているうちに「身近なものを分析する学問」としての魅力を感じるようになっていって。その中で、自分の好きなアニメやサブカルチャーが経済学でどう捉えられるのか、興味が湧いてきましたね。
ーーアニメと経済を結びつける視点は珍しいと思いますが、そのようなきっかけがあったんですね。
牧先生:そうですね。アニメ関連の勉強や情報収集を通じて、自分が積み上げた知識を活かしたいという気持ちにだんだんとなっていって。それと同時に、アニメがどのように人々を魅了し、経済行動に影響を与えるのかを解き明かしたいという探究心が芽生えたんです。それが研究を始めたきっかけになりました。
推し活の経済市場規模は8,000億円!!
ーーまず「推し活」の市場規模について教えていただけますか?
牧先生:最近のデータがまとめられている「OSHINOMICS REPORT」(博報堂)から抜粋すると、オタク市場全体の規模は現在約8,000億円。この中でアニメが占める割合も大きいのですが、興味深いのはアニメ・アイドル・同人誌以外のジャンルである「その他」が増えている点です。
この「その他」は細分化された趣味や活動を指していて、規模としてはアニメに匹敵、あるいはそれを超える可能性もあると考えられます。
ーー趣味の多様化が市場に大きな影響を与えているのですね。
牧先生:その通りです。例えば、ファンが特定のキャラクターや作品を購入するなど、推し活消費の経済効果は非常に大きいです。私自身、くじ引き型のグッズ購入に16万円ほど使ったことがありますが、こういった熱中度の高い消費活動が市場を支えているんですよ。
そして推し活は、直接的な消費だけでなく、その後の経済効果にもつながっています。例えば、ファンが購入したグッズの制作に関連する企業やイベントの開催、さらには地域活性化など多方面に影響を与えているんです。一時的な盛り上がりに終わらず、長期的な経済効果を生み出す可能性もあります。
ーー推し活が多様な消費行動を生み出し、それが新しい市場を形成しているんですね。
牧先生:そうですね。特に推し活は若い世代だけでなく、幅広い年齢層にも浸透しているため、市場の成長が期待されていますね。趣味が多様化し、それぞれのファンが自分の好きなものに深く関わるようになった結果、推し活は単なる一部の文化ではなく、経済全体に影響を与える存在といえると思います。
“聖地”になる場所ってどんな場所?「アニメツーリズム」の経済効果と意義
ーー「推し活は、地域活性にもつながる」というお話もありましたが、牧先生は最近話題の「コンテンツツーリズム」*1の中でも特に、「アニメツーリズム」を経済学の視点で研究もされています。そもそもアニメの聖地となる場所にはどんな傾向があるのでしょうか?
牧先生:アニメの聖地って、実は制作環境や利便性が影響していることが多いんです。東京は制作会社が多いので、舞台となるケースが多いですね。ロケハンがしやすいですし、地元の風景をそのまま取り込むことでリアリティが増します。東京近郊である神奈川や埼玉、また有名制作会社のある京都も同様で、観光地としても魅力がある場所が選ばれることが多いです。
一方で、岐阜県のようにアクセスが良いとはいえない場所が舞台になることもあります。
例えば、映画『君の名は。』の飛騨市はその代表例です。作品の美しい風景描写が話題になり、公開後には年間17万人以上の観光客が訪れました。その結果、経済波及効果は253億円にもなったといわれています。
あえてアクセスが難しい場所を舞台にすることで、逆に「特別な場所」としてファンの心を引きつける効果もあると思います。
ーーすごいですね!作品の魅力が地域に莫大な利益をもたらすんですね。
牧先生:そうなんです。飛騨市の場合、地元の観光協会が積極的にプロモーションを行い、映画のシーンを楽しめる観光マップを作成するなど工夫を凝らしています。その結果、観光客が「作品の世界に浸れる場所」として飛騨市を訪れるようになりました。
ーーファンが聖地を訪れたくなる理由についてはどうお考えでしょうか?
牧先生:一番大きな理由は、「キャラクターや物語の感情を追体験したい」という気持ちです。アニメの中でキャラクターが見た景色や、歩いた場所を自分自身で感じることで、作品と自分との距離が一気に縮まるんですよ。特にリアルな背景描写がされていると、「この場所が実際に存在するんだ」と実感できるので、行きたくなるんです。
「追体験したくなる」ようなアニメ作品は、多くの人(大衆)を引きつける魅力的な「大きな物語」がある一方で、キャラクターの個人の思いなどを丁寧に描き、個々人に刺さるような「小さな物語」もきちんと描かれています。このような作品が昨今増えてきていると思いますね。
経済効果だけではない「アニメツーリズム」がもたらすこと
ーー岐阜県以外のアニメツーリズムの事例で注目された地域はありますか?
牧先生:アニメ『らき☆すた』の聖地である埼玉県の鷲宮神社ですね。2007年に放送された作品ですが、地元の神社をモデルにしていたことで大きな話題になり、現在でも多くのファンが訪れています。特に絵馬にキャラクターのイラストを描くなど、ファンが作品の世界を楽しむ独自の文化が生まれました。
当初、地域住民からファンが集まることで「騒がしくなってしまうのでは?」といった不安の声があったようです。でも実際には、ファンがマナーを守り、地域のルールを尊重したことで、地域住民たちとの信頼関係を築き、今では地元とファンが協力してイベントを開催するなど、地域活性化の一翼を担っています。
ーー経済効果だけでなく文化的な価値を生み出すこともあるんですね。
牧先生:そうですね! 聖地は、同じ作品を愛する人が集まる場所なので、そこで出会ったファン同士、そして地元の方々の思いを共有できる「つながり」が生まれる場所でもある。
アニメツーリズムは作品、ファン、地域が三位一体となってつながり、単なる観光だけでなく、それ以上の新しい価値を生み出す活動だと私は考えています。
コンテンツツーリズムの課題と未来
ーーアニメツーリズムの未来についてどうお考えですか?
牧先生:アニメツーリズムはこれからも発展していくと思います。特に海外からの訪問者が増えている点は注目ですね。例えば、『スラムダンク』の聖地として知られている鎌倉にある踏切には、外国人観光客が押し寄せて混雑が問題になったほどです。今後はこうしたインバウンド需要をどう受け入れ、ファンに楽しんでもらうかが大きな課題になりそうです。
ーー海外のファンが増えると受け入れ側の対応も求められますね。具体的にはどんな準備が必要でしょう?
牧先生:そうですね。地域の方々がアニメの背景やストーリーを理解し、訪れた人にしっかり説明できるといいですよね。「この場所はこういう理由で舞台になったんですよ」と伝えられると、ファンもさらに満足するはずです。また、多言語対応の案内板やパンフレットを用意したり、地域で限定イベントを開いたりするのも効果的だと思います。
ーー舞台の意味を伝えることで、より深く楽しんでもらえると。アニメ作品数と比例して聖地の数も年々増えていますが、その中でどのように聖地の魅力を保つべきでしょう?
牧先生:一つは、記録をしっかり残すことです。アニメの舞台となった場所の背景やエピソードをきちんと保存し、それを地域の財産として生かしていくことが重要だと思います。また、アニメ制作会社と地域が連携して、長期的に持続可能な観光資源を育てていくことも大切ではないでしょうか。
ーーそうした取り組みが進めば、アニメツーリズムにはどんな未来が期待できますか?
牧先生:先ほどもお伝えしましたが、アニメツーリズムは単なる観光を超えて、文化交流や地域活性化の新しい形になると思います。海外のファンにとっては、日本文化を深く知るきっかけになりますし、地域にとっては新しい価値や交流を生むチャンスです。これからもアニメ、地域、ファンが手を取り合い、新しい形を生み出していけると思いますね。
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*1:映画、テレビドラマ、アニメ、ゲーム、音楽、漫画、雑誌、書籍、小説など の情報作品の舞台を訪れる観光、「聖地巡礼」とも