推しが〇〇している姿は「健康にいい」。推し活にいそしむ人にはすんなり理解でき、「わかる」とも思えそうなこの表現ですが、推し活は果たして本当に「健康にいい」の!?
今回は、医師であり、脳科学の分野から健康について研究する大学教授でもある瀧靖之先生に、推し活は医学的な見地からも健康によいのかと、健康に推し活を続けていくために必要な心がけについて教えていただきました。
お話を聞いた人:瀧靖之さん
東北大学加齢医学研究所教授、医師。同研究所および東北メディカル・メガバンク機構で大規模画像データベースを用いて、生活習慣と脳の発達や加齢の関連性を明らかにする研究に取り組んできた。主な著書に『回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣』(青春出版社)などがある。楽器演奏(ドラム、ピアノ)や自動車、ビンテージコレクションなど多趣味でもある。
HP:東北大学加齢医学研究所
HP:東北大学 瀧研究室
推し活は私たちの脳や体にどのような影響を与えている?
――先生は、脳の働きと生活習慣の関連性を明らかにしたり、そこから認知症予防へとつなげたり、といった研究をされているとのことですが、ズバリ推し活は健康にいいといえるのでしょうか。
瀧先生(以下、瀧):ズバリ、健康にいい! おすすめしたい! といえます。でもその前に、私が定義している「健康」にとってよいことについて話をさせてください。
私が研究しているのは「脳」なので、脳の健康にとってどうか、という観点からお話ししますね。大切なことは6つあって……。
- 運動
- 趣味・好奇心
- 会話
- 睡眠
- 食事
- 主観的幸福感
この6つのうち、推し活は「運動」「趣味・好奇心」「会話」そして「主観的幸福感」に大きく寄与します。
――4つも! 確かに、「趣味・好奇心」は推し活そのものですよね。
瀧:そうですね。まず「運動」がなぜ脳の健康によいかというと、運動は考える・判断する・記憶する……といったいわゆる「認知機能」を維持するために欠かせません。
「趣味・好奇心」というのは、好きなことに触れ、ワクワクしたりドキドキしたりすることにつながります。これも脳の健康維持に欠かせませんが、「主観的幸福感」のところで詳しく説明しますね。
それから「会話」。私たちは会話をするとき、情報だけでなく気持ちも交換しています。相手の感情を理解したり、自分の気持ちを伝えたりすることこそが会話の本質ともいわれていて、相手の表情やしぐさから感情を読み取り、適切な言葉を選んで話し、共感を得る。脳はそのためにフル回転しますので、健康維持にはこれもやはり不可欠ですね。
――6つめの「主観的幸福感」は耳慣れない言葉です。どんなものなのでしょうか。
瀧:端的に表現すると「ささやかだけど、幸せだと感じる」ようなことですね。自ら感じる「楽しいな、幸せだな」という気持ちです。この気持ちがストレスレベルを下げ、生活習慣病のリスクを下げると言われています。高血圧や糖尿病、高脂血症といった生活習慣病は他のさまざまな疾病につながる入口でもあるので、これらを防ぐことで結果的に長く健康でいられるわけです。
――ストレスレベルが下がると生活習慣病リスクも下がる……。なんとなく理解はできますが、このとき私たちの脳ではどのようなことが起きているのでしょうか。
瀧:私たちはワクワクしたり楽しいと感じるときに、「ドーパミン」という物質が脳で分泌されます。この物質は心身に心地よさをもたらすもので、「快楽物質」「期待物質」とも呼ばれています。 推しの姿を見たり、声を聞いたりといった行為でワクワク感を高めることでドーパミンが分泌され、幸福感が高まる。そのためにストレスレベルが下がる……ということです。
つまり、推し活はストレスレベルを下げる=健康にいい、といえるでしょう。
推し活にともなうさまざまな行動が、脳を活性化させてくれる
――やったー! 自信をもって推し活に励みます! ちなみに、他にも推し活が脳によい影響を与えそうなポイントはありますか?
瀧:例えば、ライブやイベントなどの現場に行くとしたら、家の外に出て、移動のために運動をすることになります。外に出るだけでも刺激になりますが、歩行などの有酸素運動は脳由来の神経栄養因子(BDNF)を産生し、脳のなかの「海馬(かいば)」という部位で新たな細胞が生まれる「神経新生」が起こると考えられています。
それから、推しについていろいろ調べたり、新情報をチェックしたりしますよね。そんな「好奇心」は脳の可塑性(かそせい)を高めることが分かっています。可塑性というのは変化をする力で、新しい知識や技能を得る力といってもよいでしょう。
さらに、ワクワクしているときには記憶を司る海馬が活性化し、記憶力が高まるんです。これは感情を司る「扁桃体(へんとうたい)」と海馬が密接に関わっているためと考えられています。興味のないことはなかなか覚えられないけれど、好きなことならどんどん覚えられるのはそのためですね。
――身に覚えがありすぎる……。
瀧:私も楽器が趣味で練習をしていますが、そんなふうに「どうしたらもっと上手に弾けるかな」と考えながら取り組むのはよい刺激になっています。大人になると、日常生活だけでは興味や好奇心を抱く機会が減ってしまうので、趣味や推し活を楽しんでいる人はそれだけで健康的かもしれませんね。
ただし、行き過ぎた推し活はもちろんNG
――ここまでポジティブな側面ばかり伺ってきましたが、推し活をしていると、ネガティブな気持ちになってストレスを受けることもあります。上手に対処する方法はありますか。
瀧:例えば怒りや悲しみを感じたとしても、一時的なものならほとんど脳には影響がないと言われています。ですが、慢性的にストレスを受け続けると、ストレスホルモンの「コルチゾール」が海馬の神経新生を抑制してしまい、脳に影響し始めます。
例えば、SNSなどで推しの悪口を見かけると、それについてずっと考えたり、悪口を探して怒りを感じ続けたりといった行動をとってしまうことがあるかもしれません。ですが、これは慢性的にストレスにさらされている状態なので、あまりよくないことですね。
それから、「行動依存」にも注意が必要です。ワクワクを得るためにお金や時間を自分のキャパシティ以上にかけてしまい、実生活に影響をきたしているのに、なぜかやめられないという状態です。
――「やりすぎ」な状態ですね。
瀧:やめたいのにやめられないという状態になっていると、もう健全な推し活ではありませんよね。ほとんどの人はそうなる前に「もうやめよう」「これ以上はできない」とブレーキをかけられますが、ストレス環境下では海馬が委縮し、感情を司る扁桃体とのバランスが崩れてしまいます。その結果、感情的・衝動的な行動をとりやすくなってしまう。これが「行動依存」と関わっているのではと思います。
健康に推し続けるためにも、運動と睡眠でストレス管理を
――健康に推し活を続けていくために、瀧先生からアドバイスをお願いします。
瀧:推し活をするなら、家で動画を見ているだけではなく、外に出たり、積極的に他の人と交流してみてほしいです。推し活には「運動」「会話」など、脳の健康に欠かせない行動がたくさんありますから、ぜひフル活用してほしい!
アイドルの現場などはスゴイなと思います。一糸乱れぬ振り付けや、お揃いの服を着て臨む人もいますが、あれも実は脳によいと言われていて。みんなで同じことをすると一体感や共感性が高まり、これがストレスレベルを下げてくれるんです。だから、趣味は一人で楽しむだけではなく、他の人と一緒に楽しむ機会もぜひ作ってみてほしいですね。私も昼休みには研究室でメンバーと楽器のセッションをしているんですよ(笑)。
ストレスを感じたら、運動で解消するのがオススメです。よく「イライラしたら走るといい」と言われますが、ただなんとなくスッキリするというだけでなく、運動によって海馬の機能が高まり、不安やストレスで活動しすぎている扁桃体を抑制してくれるからなんです。日ごろから階段を使うとか、筋トレをするとか、少し負荷のある動きを心がけておくとよいですよ。
――無心になれるだけではなく、脳科学的にも運動は脳にいいんですね。
瀧:そうですね。それから、脳の健康によいこととして挙げた「睡眠」も大切にしてほしいです。睡眠は休息のためだけでなく、脳にたまった老廃物を排出したり、記憶を固定したり、とても重要な役割を果たしています。推し活に熱中して寝食を忘れるなんてこともあるかもしれませんが、睡眠はしっかりと確保して、健康に推し活を楽しんでいただきたいです。
――瀧先生、ありがとうございました!
聞き手:藤堂真衣
推し活について聞いてみたシリーズ