福本伸行先生の代表作にして、麻雀漫画の傑作『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』の魅力をphaさんにご紹介いただきます。天才的な麻雀打ちの主人公、赤木しげる、そして有り余るほどの金と権力を手に入れた鷲巣巌。2人のキャラクターの魅力、そして作品の読みどころをたっぷりお伝えします。
「誰もが知るあの名作を、いつか自分も楽しみたい」
「でもお金も時間も体力も有限だから、名作に手を出す“きっかけ”がほしい」
……と日頃から考えている方も多いでしょう。
そこでソレドコでは、「今から読んだり観たりできるのがうらやましい!」というテーマで名作をセレクト。各ジャンルのコンテンツに精通する書き手の皆さんに、その名作の魅力を余すことなくご紹介いただきます。
今回、phaさんがセレクトしたのは、独特の画風や個性的なキャラクターで麻雀漫画の世界を塗り替えた『アカギ 〜闇に降り立った天才〜』です。
画像参照元:楽天ブックス
このガキっ………!
助かりたくないのか………!?
命……
つなげたくないのか……!?
明日へ……!
『アカギ』9巻より
ギャンブル漫画はなぜ面白いのだろうか。それは、人生の本質はギャンブルだからだ。
人生における全ての選択にはリスクとリターンの両面がある。しかも、どれを選んでもうまくいく保障はない。どうなるか分からないまま、不確定の靄(もや)の中に身を投げ出すしかない。
人生という不確実で理不尽なゲームの中でわれわれが感じる不安や迷い、ええいままよと崖から一歩を踏み出す瞬間のドーパミンのほとばしり、結果が出たあとの栄光と後悔が、短時間の中に濃縮されて描かれているのが、ギャンブル漫画なのだ。
全てを持つ者 VS 何も持たない者。両極端のプレイヤーが繰り広げる激闘
憧れる漫画のキャラクターは、と訊かれてまず思いつくのは、『アカギ』の主人公である赤木しげるだ。
赤木しげるは天才的な麻雀打ちなのだけど、その強さの源は「無」であることにある。
彼は得をすることや、自分を守ることに興味がない。むしろ、破滅に惹かれている。だから、生死を賭けたギャンブルであっても怯むことがない。
われわれ凡人は、つい目先の得にとらわれたり、身を守ろうとしたりしてしまう。保身が目を曇らせる。心が弱いから、自分に都合の良い妄想をして、現実から目を背けてしまう。そうやっていつも判断を誤るのだ。
でも、赤木しげるは違う。彼は無欲で保身に興味がないからこそ、本質を見通すことができる。平然とした表情のまま、一瞬の閃きに身を任せて、破滅スレスレの崖っぷちへと身を投げ出すことができる。
そんな赤木しげるに憧れてしまう。彼のように、何も守ることなく、何も積み上げることなく生きてみたい。
『アカギ』に登場する最大の敵である鷲巣巌(わしず・いわお)は、財力や権力など、世の中の全てを手に入れて人生に飽いている老人だ。
そんな鷲巣に立ち向かうのが、天才的な感性以外に何も持たない、19歳の赤木しげるだ。
金にも権力にも興味がなく、自分の命さえも粗末に扱う赤木しげるの麻雀を、鷲巣は全く理解できずに翻弄される。全てを持つ者 VS 何も持たない者。有と無。光と闇。全く両極端の両者だけれど、闘いを続けるうちにお互いのことを、最大の敵であるとともに、自分の裏返しであり、自分の分身だと感じるようになってくる。そんな怪物同士の闘いの結末がどうなるのかは、ぜひ読んで確かめてほしい。
“悪魔的”に展開が遅い。だから一気読みできるのが「うらやましすぎる」
今回久しぶりに『アカギ』を全巻読み返して思ったのは、「この展開の遅さを一気に読めるのがうれしすぎる……!」ということだ。
そう、『アカギ』は、異常に展開が遅い漫画として知られている。
『アカギ』の中で最も有名な鷲巣麻雀編は、「4枚のうち3枚が透明の牌になっていて相手から見える」とか「負けると血液を抜かれる」という麻雀のルール自体も異常なのだけど、それ以上に展開の遅さが悪魔的だった。
たった一晩、6半荘(ハンチャン、麻雀における1試合のこと)の鷲巣麻雀を終えるのに20年かかっている。全36巻ある『アカギ』の7巻から35巻までをこの鷲巣麻雀編が占めているのだ。
最初のほうはまだテンポよく進んでいた。8巻から12巻までの5巻で、6回戦のうち4回戦が終わっている。残りは2回戦なのだから、あと数巻で終わると思うじゃないですか。しかし、そこから決着までには20巻以上かかるのだ……。
終盤に近づくにつれてどんどん心理描写が濃密になっていき、牌を一つ引くだけで1話を使ったり、一つ切るだけで1話を使ったりするようになる(しかも何を切ったかは指で隠されていて分からない)。配牌(最初に配られる牌)を取るだけで8カ月(月1連載だったので8話分)かかったこともある。
あと、敵である鷲巣が死にかけて意識を失って、夢の中で地獄に落ちたあとに、地獄の鬼たち相手に鷲巣が大暴れする、という展開を1年くらい続けていたこともあった。
連載当時は、その展開の遅さがもどかしくてしかたがなかったけれど、それでも面白過ぎるので読むのをやめられなかった。鷲巣麻雀が始まった時は大学生だった自分が、鷲巣麻雀が終わるときには40歳近くになっていた。人生だ……。
そんな『アカギ』を、今なら一気に一晩で読めるのだ。初めて読む人がうらやましくてしかたない。
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